迷い路 7

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
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いくら聡いとはいえ、セイが知るほどになったのはわけがあった。柴田は原田の配下で、共に飲み歩くのであれば、当然酒席での話も多くなる。そんな中で柴田は一度だけ話をしたことがあった。

「見世にあがったばかりの妓なんですけどね」
「あぁ?なんだ、のろけか?」
「とんでもない」

出たばかり、とはいえ逢状をかけなければ気軽に逢瀬というわけにもいかない相手らしい。どれほど想っていても会うのは容易ではなかった。

「俺なんかの給金じゃ、せいぜい会えても月に一度が関の山。そんなんでどんなツラができるってもんすよ」
「ふうん。太夫にでも惚れたのか?」
「そうじゃねぇ。そうじゃねぇんですけど、きっとその妓もいつか太夫になるんじゃねぇかなぁ」

そんな妓に惚れた腫れたなど愚かだと言うことは十分にわかっている。隊の中でも馴染みの妓がいて本当に本命の艶色にまでなっているのは土方くらいのもので、柴田の様な隊士には無理が過ぎる。

酒を飲んでも少しもうまそうにはみえないのに、柴田は盃の酒を干した。

「豪勢な夢だろうが、そりゃ大変なんじゃねえのか?」

月に一度、会えるか会えないかのまして花街の妓が相手とくれば、胸を焦がす想いとやらも消し炭になるほど燃えるのは柴田の方だけで、久しぶりに会えたとしても相手には金のない客にしか見えないだろう。

「そうなんすよねぇ。俺なんか笑うほど相手にもされちゃいねぇ」

だが、それでも夢に見てしまう。初めて会ったときから、胸を締め付けられるほど見とれてしまった顔も閨を供にした時の夢のような時間も。

耳の奥で何度でもこだまする甘い声を思い出すのだ。

「あははっ!馬鹿を絵に描いて餅にしてつきあげると俺になるってぇ寸法ですよ」
「……今度、いい妓紹介してやる」
「ありがとうございます!さすが組長~!俺、どこまでもついていきますっ」

手酌で酒を注いだ原田の右腕にべったりと酔っぱらった柴田が張り付いた。
べしゃっと酒がこぼれて、原田が鬱陶しい!と振り払うと、畳の上にごろりと転がる。金のない柴田に存分に飲ませてやるには安い縄のれんの小上がりが精一杯なのだ。
隣の席との間に建てられた衝立を押しやって、大の字になった柴田は顔を真っ赤にして目を閉じた。

「俺がもし、組長くらい、腕が立つようになってすげぇ手柄立てて、そしたらこんな俺でも幹部になって……。身請けできるん.……」

もったりしたしゃべり口で薄々気がついてはいたが、そのまま眠り込んでしまった柴田をしばらく原田はそのままにしておいた。

原田達でも花街に行って、太夫に逢状をかけると言うのはほとんどない。ある意味、彼女たちはアイドルのような者でもあり、高級接待の場にこそ出てくるような女達であって、彼らの相手になる妓達とは格が違うのである。

それはすなわち、金の差でもある。

共に楽しく酒を飲み、共寝するならそういう相手を選ぶ。原田や永倉達も馴染みと言っても天神がいるくらいだ。

「面倒な相手に惚れやがって。馬鹿な真似だけはすんじゃねぇぞ」

ぼそりと呟いた原田は、今までにも苦いものを幾度も見てきただけに、そうはならないでくれという願いを込めて、酒を煽った。

 

 

 

端紅のついた文が屯所に届けられて、土方の元には浪里だけでなく、ほかの二人からも艶文が届いた。相変わらずの人気ぶりに小者が苦笑いをしながら副長室に文を置いていった。

「まあ……悪い気はしねぇけどな」

次々文を開いて変わり映えのしない艶文の内容に僅かに笑みを浮かべた土方は、目の前の仕事に算段をつけ始めた。紅糸からは艶文が届いていないが、総司のもとにも届いた様子はない。

―― 男なら艶文の一つや二つ、もらって見せろってんだ

抱いたはずの妓から艶文の一つも届かないようであれば、紅糸の心遣いはさておき、総司はいまだに奥手のままということらしい。

「間をあけりゃせっかく慣れかけた総司もまた元に戻っちまうからな」

山崎の一件は、監察に任せておけばいいし、総司も動いているが今日はもうしばらくしたら報告に現れるはずだ。そうしたら、また今夜も連れ出すつもりでいた。

ふと思い立って、立ち上がった土方は障子を開けて廊下へと顔を出すと大きな声を上げた。

「神谷!神谷はいるか?」

しばらくしてその声を聞きつけたセイが急ぎ足でやってきた。急いできた割に足音がほとんどしないところが、セイも日々成長しているのだなと妙なところで感心してしまう。

「はい、なんでございましょうか」

総司もいない間とくれば、セイは雑用を片付けるよい機会だと、蔵との間を繰り返していたところだったので、襷がけ姿のままで現れた。

「おう。総司が戻ったら俺のところに寄越せ。それからあとは暫時、外出する」
「はぁ……。またですか」

うっかり本音を漏らしたセイがぱしっと口元を手で押さえた。仮にも副長が息抜きに出歩いたからと言って、それを批難できる立場ではない。
じろっと土方に睨みつけられたセイは、今更だと思い直して首を竦めた。

「ああ。そうだ。また、外出する。総司もな。今夜は邪魔するんじゃねぇぞ」
「えっ?!」
「どうせこの前はお前が山崎にでも泣きついたんだろ?いい加減、自分の組長に妓の一人もすすめてみろってんだ」

むっと眉間に皺を寄せたセイは、その嫌味に奥歯を噛みしめた。
セイが総司を想っていてもいなくても、総司の誓いを知っていればそんなことを簡単にできるわけがない。そのくらいならいっそ、どこか良い家の娘を近藤に仲立ちしてもらう方がどれほどかいいだろう。

そう言い返したいところではあったが、総司が近藤と土方にだけは知られたくないと思っていることも知っている。ぎゅっと唇を引き結んだあと、いーっという口の形で無理矢理、笑顔を浮かべた。

「それはまことに気が利きませんで大変申し訳ございません!」

ふん、と鼻で笑った土方は、くいっと顎を引いた。ちょうどいいと思ったのだ。
外出するにしてても、仕事を片付け無ければならない。

「まあいいさ。お前、ちょうどいいから手伝っていけ」

ええー?と叫んだセイだったがぶつぶつと文句を言いながら副長室に入ると、土方の傍に腰を下ろす。次々と差し出される書類にげんなりしながら、セイは手を動かし出した。

 

– つづく –