まちわびて 8
〜はじめの一言〜
もう少し早く書けるかなぁと思ってたんですが、遅くなって申し訳ない。
BGM:
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小料理屋の裏手には斉藤達、三番隊が周りを取り囲んでいた。まだ店仕舞いはしていないらしく、提灯に灯りが入っている。
三番隊の態勢が整ったところで、知らせに走ってきた隊士から報告を受けて、総司は相田に頷いた。総司と、相田、小川の三人が店の前に立ち、周りをほかの隊士達が漏らさぬように固めている。
揚屋の入り口は月夜だというのに灯りはついていたが、店の入り口は障子戸が締め切られていた。
「ごめんよ」
からりと暖簾の間から頭だけを差し入れた小川が、障子戸を少しだけ開けた。中から声を聞きつけて年かさの女中が姿を見せた。
「もう仕舞かい?」
「あいにくと申し訳ありまへん。今日は貸切に……」
申し訳なさそうに笑みを浮かべた女中の視線が、一瞬、階段を見上げたのを小川は見逃さなかった。
京の町の誰もが、新撰組の隊士の顔すべてを知っているわけではないし、この店は隊の者たちがよく使う店ではなかったが、念のため隊服や拵えが見えないように、頭だけを覗かせていたが、相手も警戒していたのだろう。
店を閉めるまでは行かないが、今だけは誰かが訪ねてきているのか客を入れたくないのだろう。
顔がかろうじて見える程度しか開いていなかった障子戸を大きく小川は開け放った。
「悪いが、改めさせてもらおう!新撰組だ!」
「!!……旦那さ……。きゃっ!!なにしはりますの!!」
総司を真ん中にして相田と小川が両脇から店に入ると、草履のままで総司はすぐ脇の階段へと駆け上がった。小川は女中の腕を掴んだが、わざと大きな声を上げたために奥から気配を察した店の者たちが顔を見せたり、奥へと走り込む姿が見えた。
「御用の筋だ!」
警告の意味も込めて、奥に向かって小川が怒鳴ると、確かにその効果は半分だけあったらしく、堅気の店の者たちはぴたりと動きを止めて、怯えた顔で小川に続いて店に入った隊士達のなすがままになっている。
小川に腕を掴まれていた女中は、何とかその手から逃れようともがいていたが、小川の手は痛みはしないのに決して外れはしなかった。
一番隊の中では、割合、温和な顔立ちの小川だったが、顔立ちが柔らかい分、女中は精一杯突っ張って見せる。
「あんたら新撰組に教えることなんて、なんにもあらしません!!退いておくれやす!」
「そういうわけにもいかねぇ。調べが終わるまでは他の者らと一緒に大人しくしててもらう」
キリっと見上げた女中は、思いがけずその雰囲気に飲まれるようにぞくっとして、急に大人しくなった。
「すまねぇな。怪我はさせたくねぇんだ。大人しくしておいてくれ」
店の入り口から奥へ入ったすぐのところで暴れていた女中はそのままほかの隊士達が逃げられぬようにと縄をかけたところに加わることになる。
二階へ駆け上がった総司は、二間あるうちの手前の部屋へと勢いよく飛び込んだ。
「新撰組だ!」
障子をあけた瞬間、まさに隣の部屋の床の間の天井板を押し上げていた店の主と、不逞浪士二人が振り返った。
「ちっ!!」
「先生方!お早く!」
まだ逃げられると叫んだ主人を押しのけて、鏑木と庄野は脇差を抜いた。狭い部屋の中では長刀よりも脇差の方が戦いやすいことをわかっている。
「お前らにつかまるわけにはいかんな」
「ここから逃げおおせたら、少しは俺達の名も上がるか?」
ゆっくりと刀を抜いた総司は、気持ちだけ腰を落とす。
「あいにくですが、逃げただけなら名は落ちる一方だと思いますよ。大人しく捕縛された方がかえって潔しとなるやもしれません」
切っ先を下に向けた総司と、そのすぐ脇につけた相田が刀を構えた。
「天下の新撰組相手に一刀も交えんでは、申し訳ないからな」
二人の後ろでがたがたと怯えていた主人は、自分だけでも逃れようと思ったのか、飾り棚に足をかけて天井裏へと這い上がろうとしていた。
それを、半身を捻った鏑木の方が、脇腹から首元にかけて斬り上げる。派手に血飛沫が上がったが、わざと半身を逸らしていたために、ほとんど浴びずに済んだ。
「馬鹿が。お主では逃げても逃げ切れまい。それで捉えられて我らのことをべらべらとしゃべられてはかなわんからな」
「非道ですね」
「非道でなければ、我らが目指すことなど叶うものではない」
呼吸を計って、と言うには妙な間で庄野が行燈を斬り倒した。二間の奥は暗くなり、全く見えないわけではないが、薄暗くなると、二人の動きも見えづらくなる。
総司と相田が踏み出したのを見計らって、二人は通りとは反対側の裏手に向かって、窓を蹴破って屋根の上に飛び降りた。
「待て!!」
「この野郎!!」
二人の後を追って総司は屋根の上に飛び降りると、がたがたと瓦の音をさせながら走っていく二人の後を追った。
総司の後を追った相田が、同じく屋根の上に飛び降りると棟続きの母屋の方へと走りながら、懐に忍ばせていた呼子を思いきり吹いた。
階下にいて、二階へあがってきた隊士達は虫の息の主人の手当をしながら、そのまま二階から灯りを差し向ける。屋根を走り回って再び舞い戻らないとも限らない。とにかく、暗闇に紛れないように灯りを照らしながら、相田が吹いた呼子に合わせて、呼子を吹いた。
山彦のように、互いに、吹いた呼子が合図になって、裏手にいた斉藤達も一斉に小料理屋に駆け込んだ。
「新撰組だ!」
「お前らも、はむかえば藤木屋と一味とみなすぞ!」
怒声と悲鳴と、慌てた際の腰掛や茶碗が落ちる音が入り混じって、店の中は騒然となる。
細い通り道から走り抜けて隠れようとした者もあっという間にとらえられてしまう。
「逃げずに調べに大人しく従えば悪いようにはしない!」
裏を取りまとめている三番隊伍長の声に、小料理屋の方にいた客や店の者たちのほとんどは大人しく従った。
屋根の上を勢いよく走り抜けていく音が響く。
江戸の町も似たようなものだが、京の町屋もほとんどが続きになっているだけに、屋根伝いに逃げることは難しくはない。
鏑木と庄野の二人を追って、総司と相田も屋根の上を刀を握ったまま走った。
– 続く –