まちわびて 7

〜はじめの一言〜
すっかりサボり癖がついてしまって申し訳ないです。気にせず煽ってくださいね。それも大切な楽しみでございます。

BGM:
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夜半だから、足音を押さえているのだろうが忙しない気配はすぐに二人のもとへとやってきた。

「何があったんです?」
「沖田先生!斉藤先生も!こんなところで何をなさってるんです……?」

衝立から顔を見せた総司に、急ぎ足で向かっていた隊士が驚いて足を止めた。灯りがあるのはわかっていても、その陰から人が出てくるという意識がなかったのだ。

「それよりも、何事だ?」

斉藤まで顔を向けてはなんでこの二人が、子供のような真似を?という疑問は追いやられて、その場に片足をついた隊士が、声を潜めた。

「監察方より急ぎの知らせがありまして……、藤木屋にお尋ねの不逞浪士が潜んでいると」
「鏑木に、庄野か」

人相書きの知らせを手にした斉藤の手元を総司も覗き込む。知らせがあった二人は手配書の回っている中でも腕が立つと言われている者たちだ。

「土方副長のもとへお知らせに参るところです」
「わかった。俺達も行こう。すまんが、あとでここの始末を頼む」

総司にこの場所の始末をさせるのは具合が悪い。面倒なことをと総司を睨んだが、今はとにかく土方のもとへ行くのが先に思えた。

頷いた隊士がそれでは、と立ち上がったのを見て総司と斉藤も立ち上がる。
隊士の後に続いて土方の部屋へと歩き出した。

「土方副長、お目覚めでしょうか」
「……む。なんだ」
「失礼いたします」

すす、と障子をあけると床の上に起き上がった土方が体を捻って振り返った。そこに、隊士だけでなく総司と斉藤の姿があったことに少しばかり驚いたが、ひとまず門脇の隊士の報告を聞く。

「……というわけで」

寝ているところをたたき起こされた土方は、不機嫌さいっぱいで床から出て起き上がった。無言の許可を得たことで、部屋に入った総司は、覆いをかけられていた行燈を明るくした。斉藤が火鉢の火を掻き起し、報告に来た隊士は気まずさに廊下に片膝をついたまま動けずにいる。

「何をしている」
「は?」
「さっさと一番隊と三番隊をたたき起こして来い。その間にこいつらと話をしておく」
「は、あの……」

物わかりが悪い、とばかりに首を横にすると、ごきごきっとものすごい音がした。
斉藤が、隊士を振り返って、一番隊と三番隊の隊部屋へ声をかけるように繰り返す。

「もうここで話を聞いているわけだから、今更ほかの隊を起こすまでもないだろう。相手は二人とはいえ、藤木屋に上がっているというならほかにも、仲間はいるはずだ。二隊で出張るのがよい」
「承知!」
「先ほどの始末も忘れずにな」

抜かりなくそういうと、隊士はすぐにその場を離れる。それを待って、羽織を肩にかけた土方の前に総司は市中の地図を広げた。

「藤木屋は通りに面しているのが片面なので助かります」
「ふむ。だが、貸座敷だからな。奥へも当然抜けるだろう」

揚屋や女たちのいる店ではなく、女連れで上がれる貸座敷にいるということは、当然、ほかからも仲間が集まっているだろうし、それを気取られたくなくてのことだろう。
貸座敷の場合は、やんごとない会合に使われる場合もあるので、高級な料理屋と同様に隠し通路や表に出ずとも抜け出せる出入り口がほかにもあるはずだ。

藤木屋の裏側は母屋とこじんまりした小料理屋になっているから中はどうとでもなる。

監察から届いた文を読んでいた土方は、ひらっと斉藤にそれを渡して、地図に見入った。

「……総司。正面から行くか」
「構いませんよ。斉藤さんの方に裏方をお任せすることになりますが?」

どちらが先手でも正面からの突入は変わらない。だが、裏方は手柄としては見えづらいうえに、敵を逃がしでもしたら大変なことになる。

「私もどちらでも構いませぬ。夜目でも動けますし、今宵はそれを気にしなくても月夜ですからな」
「わかった。総司、お前が正面からいけ。斉藤、裏手を固めろ。両脇の家に逃げるのはさすがにないだろうが、少なくても手配書の回っている二人は逃がすな」
「承知」

頷く二人を前に土方は地図から顔を上げた。

「半刻で支度だ。俺のところには顔を出さなくていい。終わったら報告に来い」

それぞれに頷いて頭を下げると、立ち上がって副長室を後にする。隊士棟のある方は、一番隊と三番隊の部屋に火が入ったことで、すべてが起き出したようにざわめいていた。

「すみません。斉藤さん。裏方なんかお願いしちゃって」
「構わん。それよりもさっさとかたずけないと、それこそ、この寒さだ」

月が明るく輝くほど晴れた冬の夜空はしんしんと冷え込んでいる。長引けば相手だけでなく、こちらにも不利になるのだ。
わかってます、と答えた総司は、隊部屋に戻って、すでに支度を始めた隊士達と共に、着替えを始めた。

 

 

身支度と言っても、夜襲に近い。いつもの捕り物の恰好ではなく、夜番の巡察と同等の恰好で手甲だけを巻いていた。
襷も近くに行くまではしないことにして、屯所を後にした一番隊は、提灯を持つのはしんがりの山口だけである。

「沖田先生、お休みになっていなかったんですか?」
「ええ。ちょうど斉藤さんといっぱい引っかけていたところだったので、偶然ですねぇ」

まるで散歩の誘いにでも乗ったような呑気な口ぶりだったが、腕を組んで歩く総司の顔は少しも笑っていなかった。
セイがいない時に捕り物など、ほっとする以外には確実に仕留める以外に思うことはない。

「神谷がいない間に俺達で手柄、上げましょう。きっと、あいつ戻ったら悔しがりますよ」

こうした捕り物には出役のたびに手当が出る。まして夜の捕り物にはさらに手柄によって手当の額が変わる。
その場にいなければ、同じ隊でも手当はないため、金に困っている下っ端の隊士達はなるべく捕り物に参加して、手柄を立てようとする。

「皆さん、怪我がないのが一番ですよ。そうでないと、神谷さんが戻ってから鬼のように怒り狂いますからね」
「しまった!そうでした!」

ぱしっと額を打って、わざとおどけて見せた小川に、声を潜めた笑いが広がった。
足元から底冷えする冷気の中で、足早に移動した一番隊は、藤木屋の正面を囲むように構える。斉藤の三番隊は先に出ており、配置が整えば知らせが来るようになっていた。

夜歩きの者に怪しまれることのないように、さりげなく通りに立った一番隊のもとへ監察方の一人が酔客を装って近づいてきた。

「沖田先生。お待たせいたしました。三番隊整いましてございます」
「承知」

密やかに、一瞬、月が陰った隙に交わされた会話の後、総司は懐から襷を取り出してかけまわした。

– 続く –