まちわびて 9

〜はじめの一言〜
かかないことはいろんな意味でよくないことだった。

BGM:
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鏑木と庄野は、しつこく追いかけてくる総司と相田、そしてそれを追いかけるように下に見える灯りに舌打ちをして、一軒の二階屋の物干しに飛び降りた。

草履履きではないからこそ、板の上に飛び降りた音はさほど大きくなくて、二人の体格の分だけだったが、閉められていた障子を蹴破った音の方が大きく響いた。

「ひぃっ!!」
「どけっ」

まさにその二階の一間で眠っていたらしい、家主の男が驚いて声を上げたところを、蹴散らすようにして鏑木は飛び越えて、その脇を庄野がふんづけて階下へと駆け下りていく。

周囲はやかましいくらい、闇夜の中を呼子が響いていた。

少し離れてしまっていた総司と相田は二人が消えたあたりの場所は見えていたが、どこに降りたのか正しくは追えていなかった。

「沖田先生!」
「相田さん、そこへ!」

少し遅れて、物干しのある場所と灯りがついた場所に気づいた総司が身軽に飛び降りた。

「すみません!」
「うわっ!!なんなんだ!!」

今度は行燈を明るくしていたために、男が二度目の侵入者に叫び声を上げたが、すぐその後に続いてきた相田が、新撰組だ、と言いながら入ってきたために部屋の隅へと飛びのいた。

とうに鏑木と庄野は階下へ降り、道へと逃げ出していたが、総司と相田はまだそれほど遠くへはいっていないと睨んで後を追う。

呼子を避けて、暗い道と大きな通りを交互に走り出した鏑木と庄野は、これで逃げ切れそうだと踏んでにやりと笑いながら足を緩めようとした瞬間、はっと身構えた。
目の前に、急に灯りが見えたからだ。

それに続いて、そこに人がいる、とわかる気配が確かにあった。

「……お前ら、追われてるな?」

男でもなく、女でもなく、少年のような声に鏑木と庄野は顔を見合わせて首をひねった。
じゃり、と足元の砂が鳴る。

「追っているのは新撰組、だな?」
「……なにもんだ?お前?」

ちゃき、と鯉口を切った音がしたが、その音は灯りがした場所とは少し外れたところからで、一気に走り出てくる。
鏑木と庄野の上背があることはわかっている。足元に滑り込むようにして構えた刀を斬り上げた。

並んだ二人のうち、庄野の袖口から二の腕を刀が斬り払う。

「たぁっ!」
「くっ!」

一歩、飛びのいた庄野が身を翻して鏑木と背を合わせて身を逸らした。

ようやく目の前いる人物が姿を現す。

「新撰組、一番隊、神谷清三郎だ!」
「何?!」

振り切ったはずの新撰組の隊士ときいて、鏑木は眉を顰めた。ただ、相手の姿がひどく小柄であることからして警戒はすれども、言うほどの相手ではないと見た。

「……」

睨みあった後、セイはゆっくりと左手を上げて口に呼子をくわえた。旅支度のため、手甲をつけているが呼子と捕縄は懐にいつも忍ばせてあった。

二人の後を追っていた総司と相田は、背後からではない呼子に反応して、向きを変えて走り出す。

「逃げられると思うな!」

呼子をはなしたセイが大声で怒鳴る。周囲を取り囲むように移動していた三番隊の方が先に駆け付けてくる。斉藤は、二人を前にした小柄な人影を暗闇の中でも見ただけですぐに理解した。

―― なぜ神谷が?!

そう思いながらも、襷をかけた斉藤は、羽織の裾を払って抜刀した。

「神谷!下がれ」

セイを間に挟んでいては分が悪い。 その声に反応したセイが、駆け寄ってくる斉藤の足音を聞きながら飛びのいた。唯一、逃げられそうな細い路地の側へとゆっくり移動する。

刀を構えた斉藤が無言で踏み込んだ。

薄暗い闇の中で刀が風を斬る音と足元の乱れた音が響く。
二人を相手にした斉藤が袂をセイに斬られた庄野の方へと対象を絞り、大きく動いた。

「はぁっ!!」
「……っく!このっ!!」
「むっ!」

風の流れによって月が顔を見せたり隠れたりを繰り返す。斉藤と庄野、鏑木の姿が色濃く見えたり暗く翳ったりを繰り返す。
どうなったのかセイには見えなかったが、急に庄野が膝をついた。

捕縄をかけたいところだが、庄野はセイからは反対側にいる。手を出しかねていると、総司が駆けつけてきた。

「斉藤さん!……神谷さん?!」
「沖田先生!」

そこにセイがいるとは思っていなかった総司が目を丸くして驚いていたが、今はそれどころではない。
あなた何をして、という言葉を飲み込んで、斉藤を相手に仲間である庄野さえうまく盾に使って、逃げ切ろうとしていた鏑木に向かって刀を構えた。

斉藤と二人で間に挟めば、いくら手練れと言っても限界がある。

「くっ……そう……」

足の筋を斬られて膝を着いた鏑木をみて、斉藤と総司がまだ様子を見ている間に相田とセイが懐から捕縄を取り出した。

「神谷、お前どうしてこんなところにいるんだよ……!」
「たまたまだよ。そしたら、隊の呼子が聞こえたから……」

庄野と鏑木をセイと相田が縛り上げると、ようやく斉藤と総司が刀を拭って納める。肩を竦めて顔を見合わせていると、駆けつけてきた隊士達が縛り上げた二人を引きずるようにして連れて行く。

騒ぎの様子に息を潜めて様子を伺っていた町の人々も、家のあちこちにちらちらと見えていた灯りが次々と消えた。

– 続く –