まちわびて 10
〜はじめの一言〜
お久しぶりです~。まだ続いておりました。
BGM:
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「斉藤さん。ありがとうございました」
「いや。こちらも包囲しておいてここまで逃がしてしまった。すまなかった」
総司と斉藤が互いに話を終えるのを待って、セイが一歩近づいた。
「先生方」
背中に荷物を背負い、手甲をしたままのセイはまさに今、戻ってきましたという姿である。思ったよりも早く総司に出会えたことで笑顔でいっぱいのセイは、えへへ、と頬を掻く。
しかし、ぐるんっと振り返った斉藤と総司が一斉に口を開いた。
「神谷さん!あなたは!!なんでこんな時間に何やってるんですか!」
「貴様、何を勝手にこんな時間にうろうろしている!」
ひやっと、首を竦めたセイは眉をハノ字にして二人を見上げた。
「実は、八軒屋さんから内密の荷がでると聞きまして。某藩の極秘の荷ということで護衛をかねて乗せていただくことができたんです。夜回りをかねて歩いて来れば朝方には屯所にたどり着けるし、少しでも早く帰れるかなぁって……」
ぼそぼそと呟いたセイに、ますます斉藤と総司の顔に深々と皺が刻まれた。
「あなたは!!何を勝手なことをしてるんですか!」
「神谷!お前はそれで何かあったらどうするつもりだったんだ!」
「だ、だって、護衛と言っても、藩の方々が多くいらっしゃいましたし……」
どこぞの藩の公金か何かなのだろう。そんな輸送に付き合って、もしも何かがあったら、乗り合わせていたセイの、ひいては新撰組のせいにもなりかねない。
軽々しくそんな護衛など引き受けてどうする、と斉藤も総司も目を向いて怒鳴りつけた。
「それであなたはすべての責任が取れるっていうんですか!何度も言っているじゃありませんか!あなたは思慮が浅いとどれほどいえばわかるんでしょうね」
「だいたい、俺や沖田さんが出張っていたからよかったが、不逞者とを見つけてはこうしていてどうする!」
「……申し訳ありません!」
深々と頭を下げたセイに仁王立ちの二人の組長と言うのはどうにも分が悪い。
しばらくしてから、そろりそろりと顔を上げて二人の顔を見上げると、じろりと睨まれた。羽織を整えた斉藤が先にセイの首根っこを摑まえて、引きずり起こす。
「神谷」
「……はいぃ」
「わかっていると思うが……」
ひゃっと首を竦めたセイをそのままずいっと総司に突き出した。先ほど、周りを囲んでいた三番隊が不逞浪士を取りこぼすことがなければ、さっさと捕まえられたはずである。
本当なら斉藤がセイを連れて帰りたいところではあったが、借りは借り。
苦い顔をしながらも斉藤は総司の顔を見る。
「さっさとこいつを連れて帰れ。後始末は俺がやる」
「斉藤さん、それは……」
「さっさと行け」
猫の子のようにずいっと突き出されたセイは、しょんぼりと項垂れて、総司の前にたった。
斉藤には反論があったが、総司は肩を竦めると眉間に皺を刻んだまま、セイの襟首を掴む。
「仕方ありませんね。斉藤さん、後のことはお願いします」
「承知した」
苦虫をかみつぶした顔のままで総司は、セイを引き立てるようにして歩き出した。
三番隊よりも先に一番隊は捕まえた浪士たちを連れて屯所に引き上げていて、数人が連絡に残っている。藤木屋の周囲を動いていた相田が駆け寄ってきた。
「沖田先……!神谷ぁ?!」
「へ……へへ、ただいま」
相田の顔を見上げたセイに、驚いた顔を向けた相田は、すぐに苦い顔をした総司を見て顔を背けた。
「相田さん、後始末は斉藤さんの指示に従ってください。ほかのみんなは?」
「は、ほかの者たちは屯所に引き上げました。斉藤先生は?」
「今来ます。私は神谷さんを連れて先に戻りますから」
「承知」
引き立てられていく浪士のようなセイと総司の二人を同情のまなざしで見送った。
―― 神谷……、無事でいろよー!
ざく、ざく、とでこぼこの影が月明りの下を歩いていく。
「……申し訳ありません」
ぽそ、とセイが呟いて、隣を歩く総司を見上げると、眉間に皺を刻んでいた総司の顔は相変わらずで、少しでも早く総司に会いたいために戻ってきたのにと悲しくなってくる。
予定よりも所用が長引いて、返答をもらって帰るのに時間がかかってしまった。早く帰りたいと思いはしたが、帰りが遅くなると文を出しはした。
帰ることは当たり前だったが、帰りたいと思うのは、早く総司に会いたかったからだ。
だが、そんな考えでいたら総司にどう思われるか、わかっていたのに。
―― 隊務が終わったからといって、先生に会いたくて早く帰ってくるなんて……
隊士としてあるまじきことだと、項垂れていたセイの頭にぽん、と大きな手が乗せられた。
「……帰ってくるなら、一言知らせればよかったんですよ」
「……え?」
「そんな無理をして帰ってくるくらいなら、明日の朝の船にでも乗ってくればよかったんです。そうしたら」
そうしたら。
ちゃんと迎えに行ったのに。
そのつぶやきは言葉にならなかったがセイにはその大きな手からふわりと伝わる。
頭の先からゆっくりと温かいものが広がって、セイは顔を上げた。
「沖田先生……」
「危ない真似して戻ってきて、もし何かあったらどうするつもりだったんですか」
「もしかして……、心配してくださったんですか?」
どこかふて腐れたような総司の顔をセイが覗き込むとますます、総司はそっぽを向いて少し早足になる。
「当たり前じゃありませんか。あなたは、その……、人一倍小柄な隊士なんですから、どこでどんなことがあるかわからないですし……」
薄暗いから見えづらいが、どうやら総司の横顔に朱が差しているらしい。悪戯心がわいて、セイは総司の袖をくいっと引いた。
「沖田先生、心配してくださったんですか?」
「そりゃ、組下の者を気遣うのは私の仕事ですから」
えへへ、と嬉しそうに笑ったセイが手を離すと 、ちらりと周囲の気配を探って、首を振った。そして、ふっと月が陰ったのと同時に、その場で立ち止る。
セイの黒い隊服姿を片腕で引き寄せて、ぎゅっとセイを腕の中に囲い込んだ。
「何かあったら……」
セイは、総司の熱い胸板に急に抱きすくめられながら、その早い鼓動を感じた。
– 続く –