その願いさえ 1
〜はじめのつぶやき〜
リベンジじゃないですが、ちょっとリハビリしないとだめだこりゃ。ということで。
BGM:Je te veux
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「ふう……」
「やー、こう温かくなってくると巡察も楽になるな!」
屯所の近くに来るとほっとした隊士たちの声が聞こえてくる。
それも太鼓楼の目の前まで来たからで、総司も苦笑いを浮かべて足を速めた。そうでないと、セイがその話に乗るか、総司の代わりに目を剥くか、どちらかだからだ。
「神谷さん、あとで幹部部屋の一つでも借りましょうか?」
今日は桜の花が咲き始めたばかりのところに急に暖かくなって、ただ歩いているだけでも小汗をかくほどだった。隊士たちはこの後、湯を使えばいいがセイは体を拭き清めるしかできない分、その手配くらいは手伝いたくなる。
そんな総司の気遣いに、少しはにかんだセイが小さく頷く。
「……すみません。沖田先生」
「いいえ」
にこりと満足げに微笑んだ総司が先に屯所の門をくぐる。そこに見慣れぬ男たちが何人か固まっていた。
「おや……?」
「沖田先生?どうし……、あれ?新しい隊士ですかね?」
「そんな話は聞いていなかったんですが……」
怪訝そうな顔の総司がその集団に近づくとひょい、とその中から顔を見せた。
「総司―!おかえり」
「藤堂さん。新人ですか?」
「うん。そうなんだ。ほら、俺が江戸にいってた時に、声をかけてはいたんだけど、その時すぐには動けなかった連中が追いついてきてくれたんだ」
ざっと五人ほどの旅姿の男たちを振り返ると、皆、総司たちに会釈をみせた。なるほどと、笑顔を見せた総司は柄を押さえてきっちりと頭を下げる。
「初めまして。一番隊組長、沖田総司です」
名乗りをあげた総司に、さっと彼らの顔が変わる。それだけ、新選組の沖田の名は安くはないというところだ。
密かに、隣に立つセイは誇らしい気持ちで隣の総司を見上げた。
「皆さんの活躍に期待します。……じゃあ、藤堂さん後で」
「うん。またね」
ひらりと片手をあげた総司に頷いて、藤堂は再び彼らにむかって話し始める。総司達一番隊も、新人たちの姿を横目に大階段を上がる。
廊下を歩いて少し離れるとひそひそと話し出す。
皆、なんとなく見た印象からどこに立っていた奴が使えそうだの、いやいや、背の高い男がどうのと、勝手に話し出して振り返った総司は、小さく咳払いした。
「皆さん。まだ自己紹介もまだですし、そんな風に言うのは早いですよ」
「沖田先生!沖田先生はどう思いました?」
「相田さん……。今の私の話を……」
聞いていましたか。
そう続くはずだった総司の台詞は幹部棟から足早にこちらに向かってきた隊士に遮られる。
「沖田先生!お戻りでよかったです。副長がお呼びです!」
「副長がって……。沖田先生はたった今巡察から戻られたばかりで、これから風呂を……」
さすがに、平隊士には言い返しかけたセイの肩をぐいっと引いた。
「わかりました。皆さんは、風呂でもつかってゆっくりしててください」
すっと真顔になった総司は腰から大刀を引き抜いて手にしたまま、幹部棟へと向かった。といっても一番隊の隊部屋は一番幹部棟に近い。総司の後を追うように隊士たちも隊部屋へと向かう。
ただ、わずかに総司に気を使って間をあけるようにわざと遅く歩く。
「やっぱあれかな。新人隊士をどこにいれるかっていう……」
「いや、鬼副長の用事じゃわからんぞ?」
今度は総司が呼び出された理由に話が移った隊士たちの先頭をむっとした顔でセイが歩いていた。
少しぐらい、総司に汗を流す時間があってもいいだろうに、と思うが、武士ならそんな些末なことに構っていてはだめだと思いもする。
わかっているからこそ、ついつい文句を飲み込んだセイはむっとした顔で踵から床板を踏みしめて隊部屋に急いだ。
セイがむくれる前にと急いで副長室へと向かった総司は、廊下を曲がる際に、ちらりと後ろを振り返った。むくれたセイが歩く姿がみえて、ぽり、と頭をかく。
床板をきしませて副長室の前まで来ると、大刀を床に置いて膝をついた。
「副長。沖田です」
「入れ」
間髪入れずに帰ってきた声に障子を開く。
「……どうしました?戻って早々にお声がかかるなんて」
「ふん。どうせお前らのことだ。戻ったところで捕まえねぇと風呂だ、なんだってなかなか来ねぇだろうが」
「わかっているなら埃っぽいのと汗臭いのは勘弁してください。それで、どうしました?門のそばで藤堂さんに会ったんですけど?」
文机に向かったままで筆をはしらせていた土方は、書き終えたところでぱちりと筆をおいた。
まだ墨も乾いていないものを手に振り返って床にはらりと落とす。
「わかっているなら話が早い。一人、一番隊に預ける。ほかはこれだ」
そういわれて、総司は膝元に落とされた名簿に目をむけた。五名いると思ったが名簿には六名分書かれている。
「六名?……ですか」
思わず呟いた総司に土方は頷く。誰が誰だったのかはわからないが、ひとまず名簿の名前を頭に入れる。
「一番隊は、……郷原さんですね」
「ああ。よろしく頼む。ほかは源さんと藤堂に任せる」
二人が井上の組で、三人が藤堂というのはなんとなくわからなくもなかったが、一人だけ一番隊というところにおや、と総司は首を傾げた。
ただ、預ける、とだけ言った土方は涼しい顔で腕を組んでいる。
「はい。わかりました」
「頼む」
それから巡察の様子を報告して、総司は副長室を後にした。
—続く