寒の戻り

〜はじめの一言〜
3月も最後の週なのに雪が降るかもとかどういうことでしょうね。

BGM:桜
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ぱたぱたと足音がして、宗次郎が道場の外に姿を見せた。
試衛館の吐き出し窓から中を覗き込むと、宗次郎の目の前を稽古着から見える裸足が通り過ぎる。

「たぁーっ!」
「いやーっ!」

気合いの声を聴きながら竹ぼうきを握りしめた宗次郎は目を輝かせてのぞき込んだ。

「まだまだ!」

そういって踏み込む足は誰のものだろうか。道場の床板が鳴る音を聞いているだけでむずむずと体を動かさずにはいられない。
ほうきを逆さに握りなおして右足を踏み出すと、その瞬間どうにも耐えられずに大きなくしゃみが飛び出した。

「へっくしゅ!……へっくしゅ!」

続けざまに二度くしゃみをした宗次郎は手の甲でぐいっと鼻を擦った。

「なんだ。宗次郎、またのぞいていたのか?」

宗次郎がのぞいていた吐き出し窓から声がしたかと思うと、大股に歩く床板の音がした。しまった、と思った宗次郎がほうきを持ち直すよりも早く、道場から姿を見せたのは山南である。

「の、のぞいていません!宗次郎は、はき掃除を……」
「ああ。いいんだよ。今はおかみさんもいないし、私は口を出す立場じゃないしね。それより、寒いのかい?くしゃみをしていたようだが」

にこりと笑った山南は草履をつっかけて宗次郎のそばにやってきた。ぽん、と宗次郎の頭を撫でると頬を赤くして山南を見上げる。

「今日は少し寒いですけど、だいじょうぶです!」
「そうか」

にこり、と笑った山南は宗次郎をひょい、と抱き上げた。まだまだ子供の宗次郎は抱き上げても軽い。

「わわっ」
「若先生!宗次郎に道場の掃除を頼んでもいいですかね?」

開け放っていても、道場の中は稽古の熱気で温かい。ちょうど一息入れる頃合いだと思っていただけに、一石二鳥というやつだ。

額の汗をぬぐった勝太が道場から顔をのぞかせた。

「山南さん?ああ!宗次郎。お前、そこにいたのか」
「ええ。庭掃除より道場の中を頼みたいなと思いましてね。私はちょうどいいので外を掃きながら頭を冷やそうかと」

山南の様子で様子を察した勝太が笑いながら頷いた。

「あはは。山南さん、次はご自分の番だっておっしゃってたじゃないですか。その前に床にとんだ汗を拭いて、少しでも有利にしようという魂胆ですね?」
「ばれましたか!」

そんな軽口をたたきながら、山南は宗次郎を道場の入口に立たせると、その小さな手から竹ぼうきを取り上げる。

「若先生にもばれてしまったが、宗次郎。道場を掃除してくれるか?」
「はい!」
「よし!じゃあ、頼むよ」

大人たちの思惑には気づくことなく、頼りにされたことで嬉しさいっぱいの宗次郎は道場の入り口で頭を下げてから中に入った。稽古をしていた面々も息を切らしながら木刀を壁にかける。

「よう、宗次郎!」
「そうだな。だいぶ滑りが悪くなったから皆で一度、水拭きするか!」

片っ端から頭を撫でられて、子供じゃありません、と言い返すからますます宗次郎は皆にいじられる。
だが、それも皆、宗次郎を可愛がっているからだ。

宗次郎が道場の端にある物入れから雑巾をとってくる間に、井戸から水をくみ上げてきた門人たちが宗次郎の手から次々と雑巾を取り上げていく。
気づけば宗次郎の分がなくなって、最後の一枚を取り上げた勝太を見上げた。

「宗次郎は皆の使っていた木刀を磨いてくれるか?」
「え……でも」
「よいのだ。こうしたものは皆でやるとすぐに終わる。お前が磨いた木刀はいつも使いよいと皆が言ってるからな」

戸惑った宗次郎は、さすがに大人たちの気遣いも頭に浮かんだが、素直に頷いた。

「……くしゅん!」

…………――

「……っくしゅん!」
「沖田先生?」

おやつまであと少し、という時間に隊部屋の前で珍しく昼寝をしていた総司が珍しくもくしゃみをしてセイはのぞき込んだ。

日当たりはよいが、桜も咲くのでは、と思っていた後に急に冷え込んできて、今日は冬に逆戻りである。

「そんなところでお休みになっていたからお風邪でも召したんじゃありませんか?」
「……ああ。そうか」
「先生?」

寝転がったまま額の上に腕を乗せた総司は、一度目を開けた後に再び目を閉じていた。

貧しくても賑やかで、ただただ楽しかった頃。

「……懐かしいな」

セイが不思議そうに様子を見ているが、あと少し、懐かしい空気を味わっていたかった。
もうすぐ、桜が今年も咲くだろう。

「神谷さん……。花が咲いたら……」
「沖田先生?」

セイが繕い物をおいて、総司のそばにかがみこむと、再びすう、すう、という寝息が聞こえた。
小さく笑ったセイは、総司の上に羽織をそっとかけた。