その願いさえ 14

〜はじめのつぶやき〜
寝ようと思ったのになぁ

BGM:Je te veux
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「……馬鹿か。あんたは」

思わず新平の本音が口をつく。舌打ちしたい気持ちでセイを支えた新平は来た道を振り返る。

「屯所に戻っても困るでしょう。向こうへ行って、角を曲がって二つ目の角を右に曲がった先に船宿があります。そこへ行ってください。私の名前を出せばすぐに部屋に通してくれます」
「郷原さん……」
「とにかくそこに身を隠していてください。すぐに着替えを用意して追いかけます」

とん、とセイの肩を押して促した新平は、足元に転がっていた男の刀を納めて、縄をかけた。

引きずるようにして男を連れて、新平は屯所へと歩き出す。

後ろを振り返ってはいけない。

強烈な何かに縛られて、新平は睨みつけるように前だけを見ていた。

―― どうして今までわからなかったのだろう

どうみても、どう考えても確かに女子以外の何物でもなかったはずなのに。
セイは確かに、女でありながら男としてそこにいた。

女が月代を剃るはずがない。

―― いや、そんなはずはなかった

新平自身がそうであるように、その身を偽る者は命を懸けてなんにでも身を変えていた。時には妓であり、時には町人であり、時に新選組の隊士であり。

命を懸けているならばその身を偽ることなど容易いことだとわかっていたはずなのに、あり得ないと思っていた自分が口惜しい。
隊の中の、あらゆることに気を配るのが自分の役目だというのに、何をしていたのだと自分自身を殴りたい気持ちだった。

いくら会津藩お抱えであり、その動向に目を光らせているとはいえ、こんなことを報告できるはずもない。

新平は頭の中で何度も繰り返し己に問いかける。

時間はない。屯所についてしまえば、自分とセイが男を捕まえたこともわかってしまうのだからそのためにも早く、どうするかを考えなければならなかった。

神谷清三郎。

なにくれとなく、構って新平を早く馴染めるようにと心を配ったことも、隊のためであり、総司のためであるだろう。だが、それは新平にもありがたいことだった。

そして、その気性は正直に言って無くすには惜しい。

新平がこのまま新選組に身を置いたとして、セイがいれば助かることも多いだろうし、実際、セイを使って情報を得ることもできるだろう。

それよりなにより。

新平の心が動いた。

―― あれが女子だというのなら、守らずして何が武士だ……

新平は知らなかったにせよ、総司や斎藤のように、セイに惚れているわけではないとしても、新平の中の男がざわついたのは事実だ。

「おお!郷原、どうした?!」
「巡察の際に見かけた怪しい者を捕らえてまいりました。一番隊は戻っていますでしょうか?」
「おお。沖田先生も先ほど戻られたぞ」

門脇の隊士に事を伝え、捕らえた者を取り調べる蔵へ足を向ける。
隊士たちの誰かが総司に知らせに走ってくれていることだろう。

誰に聞かれても構わない声で新平は顔見知りの隊士に声をかけた。

「沖田先生がみえたら報告せねばな」
「おう、お手柄じゃないか」

いくらもせずに総司の姿が廊下の上から見えて、欄干から庭先の新平に身を乗り出した。

「郷原さん。うまくいきましたか」
「沖田先生!お任せください。途中で神谷さんにも手を貸していただきました」

変わらないように見えて、さっとその顔の上から温かみが消えた気がした。ひらりと庭先に降りる階段を飛び越えて、新平の隣に降りる。

「沖田先生。この後神谷さんとうまくいったと、祝杯でも挙げようと思うのですが、出てきてよいでしょうかな?あとのことは、調べものが得意などなたかにお願いして」

さも、腕自慢は取り調べが不得手だと恥もせずに口にすると、周りにいた男たちがどっと笑う。皆、気のいい腕を買われた者たちが多いだけに、思うことも近いということだ。

「そうですか。それは仕方がありませんね。神谷さんにはご褒美の汁粉でもぜんざいでも好きなだけ食べてもらわないとまたあの人はすぐにむくれますから」
「ははっ、沖田先生でもそうなのですね」

朗らかに笑いあって、縄を手にしているというのに、おかしな程穏やかで。

だが、総司は明らかに何かを察しているようだった。

自らが縄に手を伸ばすことなく、何度も腰の鞘を強く握っている。

「沖田先生。自分がやりましょうや?」

のっそりと、一番隊の伍長が姿を見せて、新平の手から縄を受け取る。
こんな捕り物帰りだというのに、妙に笑いあっている隊士たちが恐ろしいと思ったのか、覚悟を決めているのか。男は青ざめたまま、時折、隊士たちの顔をじろりと眺めていた。

「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えてさしてもらいます。神谷さんには先に店に行ってもらって、注文しておいてもらうように言ってますんで」

そういって、総司に頭を下げておいて、新平は足早に屯所を出て行った。