その願いさえ 13
〜はじめのつぶやき〜
こちらもバリバリ書くのです!!
BGM:Je te veux
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隊服の羽織の裏を独自で藍色のものに仕立てていた新平は、はるか離れた場所からすでにセイの姿を見つけていた。
―― ……ちっ!神谷さんか。相変わらず引きのいいというか、嗅ぎつけるというか……
内心では舌打ちをしたいくらいだが、今はとにかくセイが気づかずに通り過ぎてくれることを願うしかない。
新平が後をつけている相手は、ここ数回の巡察の際に見かけていたため、今日も姿を見かけたら罠をかけようと思っていた。だが、それは特に総司やほかの者たちと話していたものではない。
そのような者など一人や二人ではないからだ。
相手の男はそれほどがっしりした体つきでもないだけにそのまますぎてほしい、と願いながらじわじわと距離を詰める。いざというときに、走り出せるように腰の物に手を添えて急ぐ。
だが、セイは新平がこれまで見てきた以上に引きが強いというべきか、自分から火中に飛び込んでいく人だったというべきか。
男の足が変わったのはセイに気づいたのか、こちらに気づいたのか。二つに一つだと思ったが、笠を下げた男の動きに足を速めた。
セイがその男とすれ違いざま、あからさまに周囲を意識している男のほうが先に動いた。
「……っ」
笠を跳ね上げて、柄を握る。
大げさに足を引いて身構えたセイに新平は舌打ちして駆け寄る。
それでも声をかけなかったのはセイの身を案じてのことだ。
刀を抜いた男の前に新平は滑り込む。
「……っ!」
がっ。
打ち込まれた抜き身を鞘ごと引き抜いた大刀で受け、腰に差したままの脇差でセイの柄を抑え込む。
一瞬で。
並みの腕ではない。
「貴様っ!」
「こんなところでそんなものを抜いてどうしようっていうんですか」
じり、と睨みあった新平と男は、間近で動きを止めた。
新平の背後で、まだ刀を抜こうとするセイを力で押しとどめる。
だが、事態の把握ができていないセイは、相手に向かおうとして新平の体の陰から出ようとした。
「……っ、駄目だ!」
「邪魔をするな!」
セイが新平を押しのけて前に出ようとしたのをきっかけにしてそれぞれが動く。
男は後ろに飛び下がり、新平はやむなく、大刀を抜く。
その隙をついてセイが半歩前に出ようとして刃風を受けた。
刀は普通、その者の手尺に合わせて作られる。だが、男の腰の物は二尺五寸に近い。セイが見込んだ間合いよりもまだ長い。
セイに向かって、打ち下ろされた刀を左足を踏み込んで斬り上げた。
刃の擦れる音とともに、返す刀で男の肩口を峰で打つ。
骨の軋む音とともに男が崩れ落ちて、刀を蹴りはらったところで、セイを振り返った。
「神谷さ……!」
大丈夫かと。新平は聞くはずだった。
だが目の前で腰を抜かして座り込んだ、セイの胸のあたりは、刃風のまま刀で切り裂かれており、肌一枚を切った跡を朱色の血が一筋。
頭の先から血の気が引く気がした。
その代わりに新平は素早く羽織を脱いで、セイに着せかけて胸元まで覆う。
「な……、なん……」
セイが、如心遷だとは聞いていたが、その姿は紛れもなく女のものだった。
―― 女……?まさか、男が女にではなく……?
そんな病だと思うよりも、女がその姿を偽っていたというほうが素直に考えられる。
「黙っててください!!これは、これは誰にも!私が勝手にしたことでっ」
「……ということは、沖田先生はご存じなんですね?」
セイが、自分のせいだからというならば、本当にそうなのか、または、誰かを巻き込んでいるかどちらかで、あれだけ男がいて、医師の目を欺いて、土方のような男まで欺けるとしたら協力者がいないはずはない。
「違っ、違うんです!沖田先生は何度も私を辞めさせようとしてましたっ!それでも私が我儘を言ったんです!」
必死だからこそ、セイは言わなくてもいいことを口にしてしまう。
「馬鹿な!!何を言ってるんです?!あなたも沖田先生も!わかってるんですか!?何をしているか……」
この時代、性別を偽ることはそのまま死罪である。
それを助けた者も同罪だ。
新撰組においては、即時、二人揃って命がないものと同じなのだ。
我知らず、震える手でセイの刀を鞘に戻し、もう一度、セイが抑えていた前を強く合わせて立ち上がらせた。