その願いさえ 22

~はじめのつぶやき~
昔は毎日更新してたんだよねぇ。それも1日で1本は最低限で、もっと書いてたなぁ。
BGM:KEMURIKUSA~ナノ
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「まだ何か?」
「……だから顔を見に来たのだといっているだろう」
「もう十分では?」

新平をまったく見ていないようだった斎藤が、初めてその顔を向ける。
喜怒哀楽を表に出すことが少ない斎藤がなぜかしみじみとして見えた。

「神谷を叱りつけたそうだな、随分と。あれが気にしていたぞ」
「そうでしたか。それは悪いことを」

しました。

という前に、斎藤が新平の腕をつかむとその手に銀の粒を握らせてきた。

「よくやったな。その気持ちはよくわかるぞ」
「……はい?」
「俺もこれまでに散々言ってきたがあれらは全く懲りんのだ。そしてな、もう一人叱るべき男がいるだろう」

これで飲んでこい、と言いたいらしい斎藤の勢いに面食らう。

「これからはお前という同士がいるのは心強い限りだ」
「……それは、その、ご苦労されていらっしゃったようで」

それ以外にいう言葉が見つからず、しどろもどろになった新平はぎこちなく、頭を下げて斎藤から離れた。
一気に溜まっていた毒気を抜かれたような気がして、足を引きずるようにして隊部屋に引き上げる。さすがに遅れた隊士たちも戻ってきていて、後始末に追われるものとでバタついているからこそ、新平に構う者はいない。

着物と手拭いの始末をした新平が日が暮れてきた廊下に出て、どうしたものかと佇んでいると、しょぼくれた顔の総司が近づいてきた。

「郷原さん……、あの飲みに行きましょうか。さっき斎藤さんに叱られて来いと言われまして」
「沖田先生」

あまりに情けないしょぼくれた顔に笑い出しそうになって、拳を口元にあてた新平は、黙って隊部屋に足を向ける。
刀を腰に差して長着だけの姿だが笑って振り返った。

「飯がうまい店がいいですね」
「……わかりました!行きましょう!」

そうして二人で屯所を出て、土方がうまいといった店だといって、鳥鍋の店に腰を据えた。

「さあ、どうぞ!」
「……沖田先生。どうぞと言われて叱れる方は土方副長くらいじゃないでしょうか?」
「……そう……、そうか……」

猪口にそれぞれ酒を注ぎ、一口飲んでからさあどうぞ!と膝の上に手を置いた総司に、やれやれとため息が出る。早々に半分ほど減った猪口の底を覗いて、目の前でしょぼくれた姿をなるべく見ないように視線を逸らした。

困ったなぁ、と呟く総司を前に今日は互いに無礼講でと言っておいたので、さっさと鍋に箸を伸ばす。

「沖田先生?そもそもどうして斎藤先生にそんな話をされたんです?」
「……斎藤さんにはいつも叱られてるんですが、今日からは郷原さんが叱ってくれるからもう知らないと言われまして……」
「というか、叱るの叱らないのというのは……」

仮にも組長を組下の者が叱るなどありえないだろうが、総司はそこには少しの疑いもなく叱られるものだと思っているようだ。

「いえ、その、私はいつも神谷さんには厳しくしているつもりでいて、そうではない時があるので……」
「はあ……、というと、それをいつも斎藤先生が叱っていらっしゃったと?」
「ええ。斎藤さんは本当にいつも、親切にしてくださって、神谷さんの兄分というか」

そういわれてみると、一番隊だけでなく隊内ではよくセイを巡った話があちこちで出てくる。その中でも斎藤と総司の間のやり取りは、多かった。

新平は衆道には興味もなく、土方ほど毛嫌いはしていないが、セイが女子であることを知ってから余計にその手の話に興味が失せ切っている。

「なんというか……。いや、それじゃあこの件に関してというか、はっきり言えば神谷に関しては沖田先生に物を言ってよろしいということでしょうか」
「はい……。というか、あれですよね。新平さんから見てもやはり私は未熟者ということで……」

うなだれたまま、猪口を手にした総司を見ていた新平は急に身を起こした。

「……え?!っていうことはまさか斎藤先生もご存じなんですか?!」
「……え。斎藤さんがてっきりそう言ってたんじゃ……」

―― なんなんだ……

「あなた方は……。沖田先生!神谷も先生も一体何なんですか?!どうなってもいいと?!いいですか!沖田先生が神谷を傍に置くと決めたんでしょう?神谷はどんな時であっても沖田先生のお傍にいることを望んでいるんでしょう?!だったら、なぜそれを果たすためにやるべきことをされないんですか!!その程度の覚悟ならどちらもふざけた真似はたった今金輪際おやめになるべきです!」

叱りつける、といっても心境では怒鳴りたいくらいだったが、そこは冷静な新平だ。
その声は大きくもなく、どちらかといえば抑え込んでいるくらい静かである。

ただ、声の硬さだけは突き刺さりそうなくらい鋭い。

返す言葉もなくただひたすらに項垂れている総司にそれ以上は何も言わず、新平は黙々と鍋を食べ始めた。
腹が立っているときは、腹を満たせば行き場のない腹立ちのたいていは収まるものだ。

鍋の三分の二を腹に収めた新平は、じっと動かない総司の手元に酒を注ぐ。
猪口から溢れそうになった酒を総司は黙ってみている。

手の上を溢れて膝の上にこぼれた酒を眺めた二人はどちらも何も言わなかった。

濡れた膝の上に広がる染みは、隠すべき秘密であり、あってはならないセイの存在でもある。

箸をおいた新平は腰を上げた。