その願いさえ 24

~はじめのつぶやき~
先生って…ねぇ。以下略…誰もが思ってるよねぇ。

BGM:悲しみのバンパネラ
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帰る道すがら、大きな辛口の酒をたっぷりと大きな白鳥に買って、屯所に戻る。新平は一番隊の手前、三番隊の隊部屋の前で中を覗き込んだ。

「ん?郷原、どした?」
「斎藤先生はいらっしゃいますか?」

三番隊の隊士に声をかけられた新平の頭の後ろからふっと気配がした。振り返った新平の前に斎藤が立っている。

「何か用か?」
「斎藤先生、少しお時間ありますか?」

手にした白鳥を少しだけ持ち上げて見せると、驚いている隊士を尻目に斎藤は黙ってうなずくと顎を軽く引いて新平についてくるようにう促す。
新平は斎藤の後に続いて幹部棟に向かった。

幹部棟は、局長と副長の部屋だけでなく、空き部屋が多い。
急な客や幹部同士の話し合いなどのためにもつかわれる。

「……よろしいので?」
「構わん。座れ」

その一つに斎藤が新平を連れていくと、一畳あまりの畳廊下の奥から茶櫃を運んできた。
茶櫃の中から湯飲みを二つとりだす。

腰を下ろした新平は胡坐をかいて、湯飲みに酒を注ぐ。

斎藤が腰を下ろして湯飲みに手を伸ばすのを待って、湯飲みを差し出した。

「申し訳ありません、斎藤先生」
「なぜ謝る?この酒の“わけ”か」
「ええ。この酒の“わけ”です」

一息に湯飲みの酒をあけた新平は、空になった湯飲みの底に目を落とす。

「どうしてなんでしょうねぇ……」
「さて……?」

首をひねった斎藤に、続きを促される。

―― 俺もやきが回ったな……

なぜだろうと思うよりも吐き出したかった。この行き場のない思いを誰かにぶつけたくなったのだ。
秘密を抱えた者がやるべきではないとわかっているのに。

「我ながら、情けないです。これほど腹を立てるつもりはなかったのに腹を立ててしまった」
「あれらを相手にしていればそれもやむなしといえるだろうな。それに関してだけ言えば気に病むなとしか言いようがない」
しみじみとした口調で斎藤は新平の手に酒を注ぐ。事、これに関していえば私情をさておきにしても斎藤には共感と同情以外にないだろう。

「私には、いっそ……よほど武士として認めてやりたくなるほどの腹の座り方をしていると思いますよ。それと比べてしまえば、危うく殴りたくなるほどには腹が立ちました」

ふ、っと新平の口ぶりに斎藤が思わず吹き出してしまう。これまでも斎藤が事あるごとに、突き放し、時に叱りつけてきたがそのたびに、本筋からずれたところで勝手に解釈し、結局また同じことを繰り返してきた。

だが、さすがに今度は総司も胸をえぐられたのではないかと思う。

「俺からすれば痛快以外の何物でもないな」
「そうでしょうか。私には、もう一つ、よほどのことがなければあの人は変わらないようにも思えます」
「ふむ……」
「傍らの者よりもよほど、あの人のほうが問題を抱えているようにしか見えません」

怖がっている、というのは言い過ぎかもしれないと思いはしても、それは確信に近い。
総司の過去に何があったのかは知らないが、女子を怖がっているのか、はたまた自分自身が誰かの生き様を背負うということが怖いのか。

自分自身、そして他の者に対してもあれほど厳しくもいられるのになぜなのだろう。

飲んでも飲んでも、酔わないときはこうしたものだろうか。

元々新平はあまり酒に強くはない。
総司と一緒に座敷で酒を飲んでいるうえにこんな風に呷っていては、早々にひっくり返ってしまうはずなのに少しも酔った気がしない。

「斎藤先生は、……これまでも何度も機会はあったのではありませんか?あれを辞めさせて、それこそあの人に引き受けさせるでも何でも」
「……」

責めるでもなく、ただ問いかけだとわかっていて、斎藤は口元まで運んだ手を止めた。

―― そんなことは何度も飽きるほどに繰り返し思ったさ……

思い、時には行動にさえ移しかけたこともある。

そのたびに、思い知らされるのだ。

一番本人たちが自覚がないだけで、あの二人を離すべきではないのだと。
二人にとってだけでなく、周りにとっても、あの二人は共にあるべきなのだと思い知らされてしまう。

「それでも俺は郷原が来てくれてよかったと言うさ。これからは僅かでも何かが変わるだろう」
「私ごときで変わりますか」
「ごときではないさ。お互い様だが、面倒ごとを引き受けるのはそれほど苦手ではないだろう?もちろん、俺が言ったのでは同病相哀れむと思われても仕方がないがな。こんな酒ならいつでも付き合おう」

斎藤も、新平も総司とセイの名前は申し合わせたように一言も出さないまま、ぽつり、ぽつりと交わされる話がずれることはない。
やりきれない思いを酒で流せないか。

流れるはずもないことは十分にわかっているからこそ、斎藤も新平の酒に付き合ったのだろう。ともに秘密を抱える者として。