稽古語り刀語り

〜はじめの一言〜
平隊士の皆さんに一番すげぇやつと思われているのはセイちゃんだというお話
BGM:ヴァン・ヘイレン Ain’t Talkin’ ‘Bout Love
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道場から門前のあたりまで稽古に励む者達が溢れている。

全体稽古以外は組毎に稽古をするものだが、組長が不在だったり、違う武術の稽古の場合は組を超えての稽古になる。
たまたま、撃剣師範に名を連ねる者達が揃っていたこともあり、合同での稽古は人数が膨れ上がった。

「たぁ〜!」
「えーいっ!」

あちこちから気合の声がかかる。
各々、教えるほうにも教わるほうにも癖がある。やはり違う流派の組長や師範格からの指導には慣れぬものがあるらしい。
一番隊の隊士達は普段から実戦の頻度も高いだけに、臨機応変に対応しているのが際立っている。二番隊も同様だが、一番隊よりは幾分固いようだ。総司よりは意外にも手順を重視しているところが永倉が生粋の武士である影響のように見える。
三番隊は、常の稽古も座禅を組んでの瞑想から始まって瞑想に終わるだけに、剣術の道場のような流れである。

「やっぱり違うわ」

稽古が終わって、各々が汗を流した後、廊下の一角を陣取って原田や永倉、藤堂などのいつもの面子が顔を揃えていた。

「何が違うのさ?原田さん」
「いやー、俺も特に甘くしてるつもりはねぇんだが、総司や斉藤のところはやっぱり実戦が多いだけに、何か違うんだよな。こう打てば響くように返ってくるものがさ」

珍しく斉藤もその座に加わっている。その斉藤が口を開いた。

「多様な実戦が多いというのはあるかも知れんな。どうしても道場の稽古だけでは状況に応じた反応が鈍くなる」

原田が妙に納得して頷いている。自分の隊が出動率が低いわけではないが、得物が槍という者が多いため、刀の稽古では余計にそう感じるのだろう。間合いの取り方一つとっても、最も得意とする物の影響を大きく受けている。

そこに誰に頼まれたわけでもないが、セイが茶を運んできた。

「先生方、お茶をお持ちしました」
「おう、神谷。気が利くじゃねぇか」

軽く首を竦めたセイは、心の中で当然だと思った。これだけの面子が揃っていればなかなか隊士達も近寄りがたいし、かといって自分がこの前を通れば、捕まる羽目になるはずと思えば、早いか遅いかだけの違いでしかない。

「神谷ももう古参だもんなぁ」
「はい?」

しみじみと原田がいうとセイが前後の話がわからずに聞き返した。茶をすすりながら、原田がにやりと笑う。

「初めの頃は、すばしっこいだけの童だったのに、今じゃ稽古が終わってもこうしてまだ動き回れるもんなぁ。俺のところの奴等なんか、しばらく使い物にならないぜ」
「それはうちも一緒かも。総司達の稽古には慣れてないからなぁ」

平助が少しばかり残念そうに相槌を打つ。もちろん、もともとの技量もあり、得手不得手や生来の体力なども鑑みての組み分けであるのだが、歴然と差が出るのは面白くないらしい。

「うーん、そうでしょうか。それは単に慣れの問題ではありませんか?」
「いや、俺や沖田さんの稽古に慣れれば、皆お前のようになるわけではない」

斉藤にまでそういわれるとセイはなんと答えていいか、わからなくなる。いつの間にか自分に話の矛先が向いて居心地が悪くなったセイは何か話の流れを変えるために違う話題を口にした。

「あの慣れというのかわかりませんが、剣を取って道場や隊に入る前はいろいろと変な思い込みをしていましたよ。私が生まれる前に父は浪々の身として医術に傾倒していましたから、子供の頃は武士の刀はすごく切れるものだと思い込んでいたりとか」
「はい?どういうことです?神谷さん」

セイの意図を汲んだ総司が面白がって口を挟んでくる。けろりとしてセイが詳しく話し出した。

「兄が剣術の道場には通っていましたが、子供でしたから斬り合いなんてどんなに近くであっても現場を目にすることなんて少なかったんですよ。だから、立ち合いといえば、こう、袈裟懸けに斬られるもので、刀は斬っても斬ってもずーっと斬れるんだなぁって…」

話の途中から何を言っているのかがわかって、皆が苦笑いと共に肩を震わせ始めた。それに気づいたセイが、ぷぅっと頬を膨らませて言った。

「だから!子供の頃の話だって言ってるじゃないですか!」
「ひー……。お前、だってそんなのあるわけないだろ。真っ向から斬り付けたら刃毀れだってするし、そもそも斬れなくなる。そんなに立て続けに斬れるもんじゃねぇよ」
「今はわかってますよ!だから、腕や足を斬ったりして相手を戦えなくするんだってこともわかってます!……そんなに笑わなくったって!!」

腹を抱えて笑う原田達に、セイが顔を赤くして怒った。
立会いとして真剣勝負などの場合は可能でも、新撰組のように実戦で何人を相手にするかわからないような場合は、真っ向から切り倒すことが少なく、乱戦になればなおのことである。

さすがに原田達のようにそこまでは笑わなくても口元を緩めた斉藤が続けて問いかけた。

「他に疑問に思っていたことはないのか?」
「そうですね……。刀についても色々ありますけど……、あ!峰打ちのない流派があるとか」
「ああ、確かに無外流には峰打ちはないな。腕の筋や腱を切ることがそれに相当する」

斉藤がうまく話しを持っていったために、そこからは剣談に花が咲き始める。皆、それぞれ複数の流派を修めたものたちだけに話題にも事欠かない。

「神谷は永倉さんから教わるのは大変なんじゃない?神道無念流は一刀に入る力が違うしさ」
「そう……、なんですかね。私は先生方皆様から教えていただいていますので、どなたが大変ということはないですけど」

というより私にはどれも大変というか、とぼそぼそと続けたセイに一同が呆れたような目を向ける。なんにしてもついてくるだけでも大変なことなのだということを本人が一番わかっていない。
育てた者が総司だったからなのか、育てられた者故なのか。

「そういえば、神谷さんは土方さんからも教わってますよね」
「あ、はい」
「最近じゃ、あの人も滅多に道場に出ることなんてありませんから貴重ですよ。土方歳三流に教わったことがあるなんて」

にこにこと笑顔でいう総司に、思い切り微妙な顔をしながらもセイはかろうじて頷いた。

「そ、そうですね……」
「あ、それ!それいいじゃん。今度さ、土方さんを引っ張り出そうよ」
「鬼副長を引っ張り出したら今日の比じゃねぇだろ。全員、怒鳴りとばされて豪い目にあいそうだ」

土方を引っ張り出すことを面白がった平助に永倉が渋い顔をする。原田もこれ以上の苦労はごめんだとばかりに首を振った。
だが、総司だけは面白がっている。

「いや、結構面白いかもしれませんよ?伊東参謀と立ち会った時以来でしょうし」

―― 土方さんと神谷さんの稽古なら面白いのは絶対ですよ

にやりと笑った総司が続けた言葉にセイが叫んだ。

「な、何おっしゃるんですか!!沖田先生!!そんなの絶対嫌です!!」
「なる。そりゃいいかも。面白そうだな」

うんうんと頷く一同に、真っ青になったセイは立ち上がった。

「絶対に嫌ですから!!!」

叫んで逃げ出したセイと、後に続く男達の笑い声を聞いていた隊士達は複雑な思いで眺めていた。普段から上下の隔てもなく馴染んでいるとはいえ、あれだけの面子が揃っているところに加わることもすごいが、未熟な面があるとはいえ、彼らに認めさせる実力ということもすごい。

幹部達の後ろで、散々に打ち叩かれたためにぐったりと倒れ込んで固まっていた男達はぼそぼそと囁いた。

「神谷ってすげぇ……よな」

 

 

– 終わり –