羨望と願望 後編

~はじめの一言~
一番隊の皆さんのほかに三番隊の皆さんも少し参加されたいそうです。
BGM:Habib Koité and Bamada Din Din Wo
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「み、皆なにしてるの?」

くるっと一斉に振り返った目が異様にギラついている。

「な、何?」
「神谷っ!!」

ざざっと隊士達に取り囲まれたセイの前に、ざっと皆が膝をついた。

「今日より、毎日一人ずつ!神谷に膝枕をしてもらいたい!順番はここに決めた!」

そういって、全員の名前が順番に書かれた紙を差し出された。あまりのことに呆れるを通り越して怒りだしたセイがだんっと足を踏み鳴らした。

「ちょっと!!冗談じゃないよ!何で私がそんなことをしなくちゃなんないの!?」
「副長にも沖田先生にもしたんだったら俺達も頼みたい!!」

いつもなら怒りまくったセイには皆もたじろぐところだが、今日ばかりは欲望の方が先に立つらしい。セイを取り囲んだままの皆が一歩も引かずにいると、その背後から総司が現れた。

「何してるんです?」

初めは何事かと思って現れた総司も事の次第を知ると、一見、興味もなさそうにふうんとだけ言った。
それから一人さっさと稽古着に着替えると、すたすたと隊部屋を出て行こうとする。

「さあ、皆さん、稽古の時間ですよ」

部屋を出る間際に隊士達にかけた一言で、皆も取り合えず話は後にすることにして、道場へ向かった。
セイも押しつけられた紙を突き返して、皆の後から道場へ急ぐ。

 

 

興味もなさそう。

 

 

それはあくまで一見だったらしい。

その日の稽古では昨晩、屯所に残っていた面々は特に念入りに総司にぶちのめされた。そして、外出したにも関わらず今日、話を聞いて連名した者たちはその次にぶちのめされることになる。

「だ、誰だよ、夕べばれた奴……」
「そうだよ。バレなきゃ今頃……」

そうぶつぶつとこぼしていると、総司はセイにも他の皆と変わらない位きつく当たっている。

「浮ついているくらいならもっと稽古が必要ですよ!神谷さん」
「はいっ」

一応、素直に返事はするものの、セイとて釈然とはしない。
自分は総司に強請られるままに膝枕をさせられて、揚句に皆からわけのわからないことを言われ、それを浮ついている、と言われてはたまったものではない。

散々に打ち叩かれた稽古が終ると、皆、床の上に這うようになっていた。そこからセイは皆とは別に奥の井戸端で汗を流して稽古着を着替えた。

「私……、悪いのかなぁ」

せっかく、昨夜は総司とゆっくりと話ができたと思って喜んでいたのに、これではあんまりだと思う。
稽古が終われば今日は巡察もないので、セイは気分を変えようと散歩にでることにした。いつもの土手でしゃがみこむと、どっと疲れが湧いてきて、膝を抱える。

泣かないと決めていたので、顔を強く膝に当てていると、背後からふわっと抱きかかえられた。

「えっ?」

赤い目をして顔を上げると、背後からセイを抱きかかえていたのは総司だった。

「ごめんなさい。私が夕べあんなことをしなければ。……なのに、八つ当たりしてしまって……」

セイに顔を見られないようにしている総司は、すっかり顔が赤くなっていて、顔だけでなく耳まで赤い。感情に任せて八つ当たりした自覚はあるらしい。

わかっていて当たったのかと、セイが不満をぶつけた。

「ひ、ひどいです。沖田先生」
「解ってます!こんな私情で八つ当たりして……。ごめんなさい」
「……八つ当たり……なんですか?」
「あ……。いや、その……。皆さんに貴女が膝枕するのかなぁと思って……」

セイに、本当に八つ当たりだったのかと聞き返されると総司は口ごもった。自分でも悋気だとどこかで思っていはいたものの、認めたくはなかった。
答えられずにますます赤くなった総司の腕からパッとセイは立ち上がった。黙って土手を上がり始めると、慌てて総司もその後をついて行く。

「か、神谷さん?その……、怒ってます……?よね?」
「怒ってます!!」

土手の上に出るとくるっとセイは振り返った。せめて悋気だと言ってくれればよかったのだが、八つ当たりと言うところが

「亀末廣の上等のお菓子じゃないと許しません!!」
「えぇ?!いくらすると思ってるんですか~!!あれでお団子がどれだけ食べられると!!」
「じゃあ、知りません!!」
「わ、わかりましたよぅ~」

しょんぼりとうなだれて歩く総司を後ろにしながら、セイはため息をついた。

―― まあ、この辺が沖田先生だよねぇ

結局、総司だけでなく、一番隊の皆がお金を出し合って高級菓子は購入されたらしい。その菓子は当然、セイが近藤の所に持ち込んで食べたものの、総司以下、出資者の一番隊の面々は一口もありつけなかった。

 

– 終 –