寒月 13

〜はじめの一言〜
本当に時代劇風になってきちゃいました(汗
すいません
BGM:T.M.Revolution  Imaginary Ark
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しばらくして覆面の武士が万右衛門のいる座敷に案内されてきた。上座に座ったままの万右衛門は座を動かぬ。仕方なく覆面の武士はその向いに座った。

目の前に座った武士に何も言わずに黙っている万右衛門に苛立って、膳の脇の畳を叩いた。

「伊勢屋!呼び出しを掛けておいてその方のその態度は何事じゃ!!」
「さて。用事は文に書かせて頂いとりますがな」
「あ、あのようなことを聞けると思うのか!」
「ならば福永様へ直接申し上げましょう」

わなわなと手を震わせて、長州藩福永家用人、早川義昭は振り上げそうになった拳をギリギリのところで抑えることに成功した。怒りのために声が震える。

「伊勢屋、ものには限度があろう。此度の仕事には五百両ということで納得したのではなかったのか」
「五百両いいますのは、組長格のせいぜいが、三人がええところでっしゃろ。その上の局長はんや副長はんの身柄を押さえるくらいまでするんやったら千両箱の一つもないことには話にもならしまへん」
「おのれ……図に乗りおって……!!」

怒りに震える早川に万右衛門は冷やかな目を向けた。たかが藩の重臣の家の用人風情が万右衛門に敵うはずもない。万右衛門が相手にするのは時にはもっと上の筋からの仕事もあるのだ。
こーんと音をたてて、手にしていた盃を逆さにして万右衛門は膳の上に置いた。

「さあ、どないしますんや!新撰組を無くすんは無理やとあてははなからいうたやないか!そやからせめて内からがたがたにさしたるいうてますやろ」
「……某の一存では決めかねる」
「そやったら今すぐお家に帰りはって、福永様とでもその上のお方でも話をしてきなはれ!あては花菱に戻っとるさかいに」

早川を叱るつけるように次々と責め立てた万右衛門は、最後には子供に言い聞かせるようにして先に座を立った。町人である万右衛門に子供扱いされても今の早川には返す言葉はなかった。実戦部隊として動く新撰組を少しでも弱体化させなければ、この先の動きにも大いに影響する。

万右衛門がさっさと座敷を出て行った後も、早川は膝の上に手をついたまま動こうとはしなかった。女中が様子を見に来た時には、顔面を蒼白にした早川が目の前の酒にも手をつけずに立ち上がりかけたまま、掴んだ脇差を握りしめてぶるぶると震えているところだった。

「お武家はん、どないしはりました?お体の具合でも?」
「……大事ない。駕籠を呼べ」
「へぇ」

不審な顔をした女中は、今時の侍にあれこれうるさく問いかけても何をされるかわからぬとばかりに、すぐさま駕籠を呼びにいった。再び覆面で顔を覆った早川は、店の前で駕籠に乗ると、主の家を目指す。
どのみち、断ることなどできはしない。如何様にして金を工面するかのみを頭に福永家に向かって駕籠は進んだ。

 

 

夜半、ほとんどの者が屯所に留め置きになっているため賑やかなはずの隊士棟は、ひっそりと静まり返っていた。
局長室には、近藤と土方、平助に永倉がいた。

「ほんとにごめん。その横山を捕まえて来られたら何かわかったかもしれないんだけど」
「いや、六人も捕縛したなら上出来だ。しかもこちらの手傷はなしだ。なあ?トシ」

昼間、横山を捕えられずに逃がしてしまったことを平助が詫びて、その腕と風体を報告していた。他の幹部に声をかけなかったのは、どこで誰からどのように漏れるのかもわからないため、二人だけを呼んでいた。井上が入っていないのは屯所の固めに回っているためである。
年長の井上の気質が、不安に揺れる隊士達を良い方向へ向けているのは確かなのだ。

腕を組んでいた土方は、何事か考えこんでいた。近藤の言葉にも深く物思いにふけっていた土方は、永倉に肩を揺すられてはっと顔を上げた。

「大丈夫か?トシ。お前も寝てないからだろう。少し休め」
「いや、それはあんたの方さ。近藤さん。しばらくはお考のところへも行かせてやれねぇが、あんたはどっしりと構えて何事にも動じないでいてさえくれりゃいい。後のことは俺達がなんとかする」
「そうだよ。近藤さん。よそから見て近藤さんがどっしり構えててくれるから俺達は攻めていけるんだからさ」

心配そうに土方の顔をみた近藤に、土方はにやりと笑って見せた。女房役の土方が動いてこそ、この新撰組の本領発揮ともいえる。
平助の明るさがそれを後押しした。

「しかしよぅ、土方さん。どうすんだ?」
「ふん」

土方の目が半眼になり、鬼が笑った。

「裏で糸を引いているのはおそらく町人だろう。だが、その後ろにはまだほかに何かがある。そいつを探り出さなきゃ終われねぇよ。売られた喧嘩は買うのが俺達だ」
「そうこなくちゃ!とにかく、普段どおりにして俺達は何も堪えてないようにしないとね」
「そうだな。それにはよう、平助」
「だね、永倉さん」

土方の言葉に勢い込んだ様に見えた平助が永倉に頷いた。二人はぱっと立ちあがると、隊士が土方の部屋にひいていた掛け布団をとってくる。そのまま土方に襲いかかった。

「こ、こらっ!てめえらなにしやがる!!うぷっ」

すぐに察した近藤が手を貸して、土方は掛け布団でぐるぐるに巻かれて転がされた。満足げな三人に、土方が顔を真っ赤にして怒った。

「近藤さん!あんたまでなにするんだ!こんな在り様じゃ何かあった時にどうするんだ!!」
「何かあったら解いてやるよ、土方さん」
「そうだぞ、トシ。俺だっているんだ。もう少し頼りにしてくれ」

永倉が卯巻きのようになった土方を副長室へ引きずっていく。面白がっていた近藤が真顔になった。

「トシ、いや土方君、局長命令だ。明朝までぐっすりと眠って鋭気を養うこと!」
「そんなのこんな真似されなくったってちゃんと寝る!だからほどいてくれ!」
「駄目だ!さ、新八、平助。トシをそっちの部屋に転がしていってくれ」

おう、と答えた永倉と平助は容赦なく引きずっていき、土方は巻かれたままで一晩を過ごすことになった。

 

 

きし。

蔵の中では、そっと階段を下りてくる総司の姿が見えた。夕餉の頃になって重湯程度なら、僅かでも斎藤も口にできるようになって、セイは単純に喜んだ。

「すごいです。兄上。なまかなものでは、口にすることもできなくなるというのに」

セイが喜びついでに余計なことを口走ってしまった。まったく気がつかないセイに、総司も斎藤も苦笑いしかできない。セイは夕餉をはこんでこようとした隊士に賄い所へ重湯を頼んでもらった。
重湯をすすって、茶の代わりに薬湯を口にする。

総司とセイが夕餉を口にしたあと、斎藤が朝からひたすら飲まされ続けている薬のせいで、一度、厠にでて戻った。

「さ、神谷さんは休んでください」
「沖田先生こそ」

再びそんな押し問答が始まって、斎藤は腹にすこしだけ物がはいったのと、薬湯に混ぜられた眠り薬のせいで再び瞼を閉じていた。徐々に総司とセイの話声が遠くなる。

言い合っていたセイが、眠りに落ちた斎藤をみてそっと指差した。残りの半日で起きている時間こそ短いが、回復の兆しがみえたことだけでもよい。
ふ、と嬉しそうに笑顔で頷いた総司は声を落としてセイに囁いた。

「じゃあ、お昼寝の時みたいに一緒に休みましょうか」

そういうと、赤くなったセイを引き連れて中二階に上がった。セイを寝かせてから、とんとんとその背中を子供にするように叩いてやると、初めは子供じゃないのに、と文句を言っていたセイもすぐに眠りに落ちた。

特に何ができたわけでもないが、発作のように起こる禁断症状に暴れる斎藤を見ているだけで、セイは疲れ切っていた。総司はセイの寝顔 に、そっと手を伸ばした。頬をなぜて、その寝顔に癒されると、起こさないように階下に下りる。片隅に布団をひいて、そこに横になると、総司も瞼を閉じた。

―― 長い一日だ

さすがの総司も、体が重いと思う間もなく眠りに落ちた。

 

– 続く –