寒月 14

〜はじめの一言〜
ちょっとだけ可哀そうなような三人でした
BGM:The Dandy Warhols  We Used To Be Friends
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夜半に目を覚ましたセイは、そっと階段を降りると、総司が眠っている姿を確認して、斎藤の傍に近づいた。吸い飲みが空になっているのを確かめると、土瓶から薬湯を注いだ。火を落としていたので、薬湯も大分温くなっている。

少し離れた所に置いた桶で手拭をゆすいで、斎藤を起こさないようにそっとその顔を拭った。薄暗い蔵の中で、近寄って斎藤の顔色を確かめる。

普通ならば、いつ薬から離れたかはわからないが、屯所に戻ってからそろそろ丸一日たっただろうか。ようやく一日で、時折はっきりと意識 が回復するようになったのはまだ良かった方なのだろう。届けられた南部の薬もよく効いたに違いない。あれ程弱っていたのに重湯をすすれるだけでもすごい回 復なのだ。

おそらくは、量は多かったものの斎藤が行方知れずになってからの時間がそんなに長くなかったことが思ったよりも回復が早いのだろう。

「……清三郎」
「すみません。……起してしまいましたか」

ひっそりと声をかけてきた斎藤に、声をひそめてセイが答えた。冷たい手拭が、蔵の中に火鉢を置いているために暑くなっていた斎藤には、心地よい。

「……起きていたのか?」
「先ほどです。沖田先生が先に休ませて下さいましたから」

静かに半身を起した斎藤は、じっとセイの顔を眺めた。髭の伸びた斎藤に、セイがにこっと笑う。

「髪、お梳きしましょうか」

襟もとで結わえていた元結いを解いて、セイは傍の棚の上に置いたままになっていた櫛をとって、斎藤の髪をとかした。きちんと梳いてから、襟もとで元結いを結わえなおす。櫛を棚の上に置いて、セイは元の位置に戻った。

「明日は、お風呂に入ることができるかもしれませんね。そしたらすっきりされますよ」
「ああ」

生返事に心配そうな顔でセイが斎藤の顔を覗き込んだ。

「兄上?」
「……夢の中であんたがでてきた」

そっとセイの首元に手を伸ばした斎藤が、首筋を指先でなぞった。目を丸くしたままセイは動けずに、そのまま斎藤を見返す。

「……俺は、馬鹿な男だ」

今までの斎藤ならば、セイの頭を抱えてあやす様にすることはあった。しかし、今は首筋に伸ばした手をそのまま肩に落として、セイを引き寄せると、まるで甘えるように斎藤がセイに頭を預けた。

有り得ない、と思いながらも自分の中で現実と夢の間で見たもの、感じたものは斎藤自身の願望を引き出したようなものだ。否定しながらもその夢に酔ったのは愚かしい自分で、その自分に嫌気がさす。
こんな無様な自分など、十分に士道不覚悟だろう。

禁断症状によって暴れているわけではないので、セイはされるがままに斎藤の頭を抱えこむ。いつもは、こうして斎藤に慰められるのは自分の方なので、こんな時くらいは自分が斎藤を慰めたいと思ったのは本当だ。その良し悪しはセイ自身にはないままで。

しばらくの間、セイに頭を預けたまま斎藤は眼を閉じていた。
自分の中の愚かな自分を切り捨てるために、有り得ないと断じたことはやはりあり得ないのだと、自分に言い聞かせる。

斎藤にとっては癒される時間だった。

同時に。

心を切り刻む時間だったのは。

 

セイが静かに上から下りてきた気配で、目覚めた総司は背中を向けて、暗闇の中に目を開いていた。それから密やかに交わされる会話に目を閉じて聞かないように、意識を向けないようにと思っても否応なく耳に入ってしまう。
斎藤が、セイに寄りかかっている気配に胃の腑のあたりが苦しくて、その気配を五感の全てが捉えようとしてしまう。
斎藤が、夢の中でセイを見た、ということで斎藤が何を見、何を感じたのか手に取るようにわかる。それだけに、今の斎藤の心中も、それを恥じている心も、それでもセイに癒される自分もよくわかる。

わかるために、総司はそれを邪魔だてすることができなかった。どんなに苦しくても。

そう思った心とは裏腹に、体はそれを拒否するように、僅かに動いてしまった。

―― !

しまった、と思った時には僅かに動いた総司に、斎藤が反応した。顔を上げた斎藤は急にセイを突き放した。

「すまん。もう大丈夫だ。朝までまだ間があるだろう。アンタはも少し寝た方がいい」
「大丈夫です。兄上こそ、お休みになってください。私、こちらでついていますから」
「あんたが傍にいたのでは落ち着かなくて眠れん。頼むから上に上がってくれ」

ぷぅ、と頬をふくらせたものの、騒いでは総司を起してしまう、と思ったのかセイは渋々階段を上がっていった。しばらくすると、健やかな寝息が聞こえてくる。
斎藤は起きて、息を殺している暗闇の中に向けて一言つぶやいた。

「……すまん。今の俺はどうかしている」

総司はそれに答えなかった。答えてしまえば、起きていたと白状したことになる。
斎藤もそれ以上は何も言わずに、再び横になった。

 

 

斎藤が再び眠りに落ちた頃、花菱では喜助が起きだしていた。万右衛門に叱りつけられた後、横山のねぐらまで向かったものの、その姿はなく、仕方なく一度、報告に花菱に戻ったところ、探すまでもなく横山は花菱に現われていた。

仕事の様子を万右衛門に報告に現われていたのだ。すっかりその様子を見ていたとは一言も言わない万右衛門は、報告を聞き取り、とにかく傷の治療が先だと言った。万右衛門の馴染みの医者、道庵に来てもらい治療を済ませた横山は、今は花菱の二階で休んでいる。

しばらくは、まだ手がかかりそうな仕掛けに万右衛門は喜助を伊勢屋に向かわせて、大番頭にしばらくの留守を任せると伝えさせることにしたのだ。

早暁に出立するのは、日中は日中で別の仕事があるためだ。朝のうちに大阪と往復してしまいたかった。

他の者を起こさないように支度を済ませた喜助は、裏口から店を出ると密かに大阪へ向かった。
起こさないようにしたつもりだったが、喜助が出て行ったあと、万右衛門は床の中で一人呟いていた。

「切り札を使うにはまだ早い。もう少ししてからや。その前にまだやることはたくさん残ってる」

万右衛門の頭の中では次の手が既に組み立てられていた。この仕掛けは今始まったわけではない。万右衛門のいう切り札はもうずっと前から仕掛けられていた。

夜が明けると、今度は出入りの刀剣商の手代が、祇園からの帰り道で殺されていた。おまさの実家の小女同様に、『新撰組 天誅』と書かれた白鞘の短刀が深々と胸に突き刺さっていた。

町方からの知らせで駆けつけた土方は、その足で刀剣商へ向かい、丁重に詫びた。店の主人は、初めこそ怒っていたものの、土方も態度に手を挙げてくれといった。

「私も初めはかぁっとなってしまいましたが、これはなんにも新撰組の皆さんのせいやありまへん。悪いのは手代の利吉を殺した奴らでございます。土方副長が頭を下げられることなんか一つもありはしません。私どもは変わらずに御用を務めさせていただくだけでございます」
「かたじけない。そうはいっても、我らのためにこのような出来事が起きたのですから、隊士を護衛に付けさせてください」
「何をいわはります。大事なお仕事を捨ててまでお力添えなんてしてもらいとうありません」

申し訳ない、と再び頭を下げた土方に、主人はすっかり恐縮してしまった。土方にとっては、腸が煮えくりりかえる様な思いではあったが、刀剣商は新撰組にとっても命綱でもある。喉元に手を掛けてくるような出来事にうすら寒いものを覚えた。

 

– 続く –

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