寒月 21

〜はじめの一言〜
病人大発生の巻。こんなだと、普通ばればれなのでは・・・(汗
BGM:Bon Jovi   You Give Love A Bad Name
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「沖田先生はお戻りください」

今の隊士達の急な不調を総司に伝えたセイは、彼等には特に処方すべき薬も特になく時間がたつのを待つしかないために、蔵に戻るつもりだった。総司はそれに反論したかったが、ほかにどうしようもなかった。

一番隊組長の立場を考えればもうすでに三日を費やしている。

「……わかりました。誰かを寄越しましょう」
「大丈夫ですよ。それに斎藤先生がもし暴れたとしてそのお姿を他の平隊士に見られたら斎藤先生の面目がないと思いますし」

総司は喉元までそれは駄目だと言いかけて、ぐっと飲みこんだ。自分がそんなことを言える立場ではない。

「沖田さん」

すべてではなくても聞こえていたらしい斎藤が声をかけた。斎藤が何を言うのか、総司もセイも分かっていた。斎藤が続きを言う前に、セイが引き戸を開けた。

「わかりました。あとをお願いします」

斎藤と、セイを見ないようにして総司は蔵を出た。顔を見れば何かを言ってしまいそうだった。その後姿を見送ったセイはため息をついて蔵の中に入った。

大股で幹部棟へ向かって歩む総司は、廊下の柱にがっと腕を打ちつけた。腕に感じる痛みに理性を引き戻して、総司は副長室へ向かった。

「土方さん、入ります」
「……」

その声に、納得していない気持ちと怒りとを感じて返事をすることをしない。どうせ、何と返事をしても変わらないからだ。障子をあけて入ってきた総司の顔をちらっとみて、土方は手元に視線を戻した。そこには不調で抜けた隊士の調整表がある。

「話は聞きましたよ」
「お前はとにかく、まず風呂に入って顔をさっぱりしてこい。話はそれからだ」
「土方さん!」
「お前の巡察も組んである!……ともかくその姿を改めて、一番隊組長としてもう一度来い」

不承不承、総司は副長室を後にすると、隊士部屋へ寄ってから風呂へ向かった。当然着替えはしていたし、斉藤が風呂に入ったときに、総司もセイも交代で入っていたが、それでも薄っすら生えた無精ひげなど、みっともない真似をするなという土方らしい言い様だった。

入れ替わりに近藤が副長室へ姿を見せた。

「トシ、話は聞いたが……」
「人手がいりそうな時に厄介な話だぜ」
「小者の中にいるのか?」
「わからん」

小者として雇い入れた者とはいえ、同士と変わらぬのが新撰組だ。疑えばきりがないし、ありえる話といえばありえるのだが。
これまでも隊士として潜りこんできた間者を処断したことがある。やむを得ぬとはいえ、それがどんなものかも十分に理解している。彼らの日常は一見平和に見えても、日々が戦なのだ。

「これからどうする」
「次の食事は原田を賄い所にやって、様子を見る。巡察は今、残った人数で組みなおしているところだ」
「……そうか」

近藤はそれ以上何も言わずに土方の肩の上に、手を置いた。それぞれの役割を十分に弁えているだけに、その手から伝わる信頼がすべてを支えている。
局長室へは戻らずに、廊下にでると近藤は病室へむかった。さらに増えた病人達を小者たちが忙しく世話をしている。

「局長!」

慌てて小者達が頭を下げるのを手で制して、近藤は羽織を脱いで小者に渡した。

「俺にも何か手伝わせてくれ。手拭を替えていけばいいのか?」
「そんな!局長にそんなことはさせられません」
「そんなことはかまわんよ。皆同士じゃないか。皆が急の病で苦しんでいる面倒をみて何が悪い?」

そういうと近藤は襷をかけまわして額に手拭を乗せているものを順番に取り替え始めた。顔を見合わせた小者たちは、感動の色を湛えて再び、手を動かし始める。
時折、吐き気に苦しむものがいると、すぐに桶を持って近藤自らが回った。

「局長……すみ……ばぜっ、……うぇぇぇ」
「気にするな。お互い様じゃないか」

しかし、程なくそれは土方の耳に入り、足早に病室に向かってくる足音が聞こえたかと思うと、勢いよく病室の障子が開いた。

「近藤さん!アンタ何やってんだ!」
「何って、俺も手伝いをだな」
「そんなもん、ほかにも手伝えるやつはいるだろ!?」

眉間に青筋を立てた土方に、叱り付けられて近藤が手にしていた桶と手ぬぐいを近づいてきた隊士に渡した。

「すまんなぁ。トシはうるさいから……。俺もできることを手伝っただけなんだが」
「馬鹿野郎!どこの世の中に大将が下のもんの始末をするってんだ!!」
「いや、それを言うならトシ、その大将に向かって馬鹿野郎をいうお前もお前だと思うんだが」

襷をはずして、羽織を受け取った近藤が、天然ボケ満載で言い返すと病室に笑いが広がった。顔を赤くしながら、俺はいいんだ!俺は!という土方を促して、近藤は病室を後にする。振り返って、片目を瞑って見せた近藤に、病室にいた者たちは一様に近藤の気持ちを受け取った。

夕刻までには、残った人員で隊務の予定が組み替えられた。夕餉の支度には賄い所に回された原田が表向きは息抜きと言って世間話をしながらも、監視に立った。文蔵は、残った薬を仕込んだしょうゆを平然と汁の中につかって、これといった原因をわからなくした。
汁物に入れたおかげで、だいぶ薄まったのだろうが、今度は幹部にも俄かに緩い不調を感じるものが増えた。

蔵の中のセイにそれを伝えにきた池田もあまり調子がよくないのか額には脂汗が浮いている。

「池田さんも……?」
「俺はたいしたことない。それよりもうちの組長も目眩がするって言ってたしなんとかなんないかな」

そういわれても原因が特定できないことには対処のしようもない。仮に薬を盛られていた場合は、薬に薬でもっと悪くなることだってありえる。
できることといえば、いつもよりも多めに水分を取ってください、としか言い様がない。

「そうか……。こんなときに何もなければいいな」
「すみません、役に立たなくて……」

対処のしようがなくて、セイも項垂れてしまった。引き戸をはさんでの会話のため、池田も申し訳なさそうに声をかける。

「いや、お前も精一杯やってるよ。悪いな。いろいろ無理言って」
「いえ……、lまた何かありましたら」
「ああ。わかってる。そうだ、夜の巡察は沖田先生と原田先生が一緒に出ることになったみたいだぞ」
「組長がお二人ですか?」

驚くセイに池田が頷く。

「寝不足の沖田先生と吐き気の原田先生を入れてようやく8人だ。ぎりぎりなんだよ」

そういうと、池田は隊部屋へ戻っていった。蔵の前で見張りに立っていた隊士ももういない。駆り出されているのだろう。

 

– 続く –