寒月 20

〜はじめの一言〜
そろそろ蔵の中にも展開が?!
BGM:Bon Jovi   You Give Love A Bad Name
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

文蔵が屯所に戻ってから、小者の休む小部屋で懐に持っている薬包のことを考えていた。文蔵は寡黙な男であまり無駄口を叩く方ではない。

―― 幹部の皆様方以外だけに飲ませるのはなかなか難しいな

新撰組は同士であり基本的には主従の関係ではない。それだけに食事などは皆同じものをとっているのだ。幹部だけが特別待遇ということではない。

ふと思いたって賄い所に向かうと徳利を二本手に取り、醤油と唐辛子と酒を混ぜた。その一本には目印になるように唐辛子を二本入れる。こうしておけば薬の入った方だとすぐにわかる。

 

翌日、隊の食事には必ず小鉢に豆腐が添えられている。時に湯豆腐だったり、生姜を絞った汁をかけたものだったりするが、朝の豆腐には文蔵が昨夜仕込んでおいた醤油をたらりと掛けた。これならば食事を持っていく時に誰のものか確かめながら給仕するために間違うことがない。

「たまには目先の変わったものをと思いまして」

文蔵がそう言いながら次々と給仕していくと、新鮮な味に隊士達は皆喜んだ。幹部たちもここしばらくの出来事を吹き飛ばすようだと文蔵を褒めた。

 

「神谷っ」

蔵の中にいたセイを五番隊の隊士が呼びにきた。その声が異常を伝える。斎藤の傍で土瓶の薬を入れ替えていたセイがはっと顔をあげて、引き戸のところまで行くと、外から池田が顔を覗かせている。声を落として何かをセイにささやいている。

奥にいた総司が大股で歩み寄ってきて、セイの背後に立った。

「どうしました?何かあったんですか?」
「沖田先生……、すみません。副長から沖田先生にはお知らせするなと言われております」
「どういうことです?」

申し訳なさそうに池田が言うのを聞き咎めるように総司の顔が険しくなる。セイが総司を押し戻した。

「沖田先生!大丈夫です。何でもありません。少し体調を崩した隊士がでたということなので、ちょっと様子を見てきます」
「……本当ですか?」
「ええ、池田さん。少しだけ待ってください」

セイは急いで斎藤の為の薬を土瓶に入れると、湯を注いだ。セイは斎藤に湯のみを差し出すと、少しの間すみません、と言って引き戸へ戻った。入口でセイを見ていた総司に、頭を下げると池田に外からあけてもらった。

「沖田先生、少しの間申し訳ありませんがお願いします」
「……わかりました」

引き戸を外から閉めると、セイは池田とともに急いだ。蔵から離れて隊士棟に入ると池田に向ってセイは問いただした。

「それで池田さん」
「ああ。病室に行けばすぐわかると思うが、今は十数人がふせっている」

セイが病室に駆け込むと、そこには畳が見えない位に布団が敷かれて、組を問わずにゴロゴロと男たちが伏せっていた。小者達が慌ただしく動いていて、セイに気づくとあちこちから声が上がった。

「神谷さん!」
「神谷さん、こちらも見てください」
「ど、どういうことですか?これ」

セイが驚きながら布団の合間をぬって皆の様子を見ようと足を踏み入れようとした瞬間、背後から土方が現れた。

「神谷」
「副長!どうしたんですか?これはいったい」
「朝餉の後に幾人か、昼餉の後に続いて増えやがった」
「食事の後ですか」

セイは屈みこんで廊下側から一人一人様子を聞き取り始めた。額に手を当て、さらに首筋に手をあてて脈をみる。
腹具合を確かめて次へ回る。おおむね、風邪の症状に近いが、これだけの者が一度に時期を合わせて体調を崩すということは本当の病ではないだろう。

一通り見て回ると、セイは小者達に指示を出した。そして、一旦、病室を出た。廊下で様子を見ていた土方に、なんともないのかと聞いた。

「副長は何ともないのですか?局長や他の先生方もですか?」
「いや、三木だけは離れで寝込んでいる」
「……そうですか」

セイは頷いて土方を見た。くいっと顎で示して土方は副長室へ向かった。セイはその後についていく。
副長室に入ると、土方と向かい合うようにセイは座った。

「副長」
「もう調べ始めた」
「幹部の方々をわざと除いてますね。何か皆と違う物を召し上がりましたか?」
「いや、今ん所は俺達とあいつらが食べた物に違いはない。それに、かえって元気になって動いてる者もいる。その違いがわかるか?」

セイは皆の様子を思い出して考えこんだ。
吐き気のする者、めまいのする者、腹を壊した者、いずれかの症状が混ざり合った者。そして逆に元気になった者。
セイが考え込んでいる間、じりじりと土方は腕を組んで待った。監察の者にはすでに、賄いの小者達、食材を仕入れる者など身元や不審なことがないか調べるように指示してあった。

「今、私が思いつくものとしてなんですが、頭痛や解熱、腹痛などに使う薬があって、それは体の緊張を緩めることで痛みを和らげます。もしかして、ですが、それかもしれません。それであれば、健康な者が飲めば、めまいやふらつき、腹下しなどあり得ます」
「なぜ元気になるものと、変わらないものと、体調の悪くなった者がいる?」
「逆も同じです」

元々、具合の悪いものに飲ませる薬である。それを健康なものに飲ませれば、効きすぎてしまい体調を崩す。新撰組の平隊士だけでも相当の数がいる。それだけの人間がいれば、健康な者、少しだけ不調の者、不調の者、とそれぞれの自覚のあるなしによらず、色々の者がいるだろう。
それが逆転したまでのことだ。

セイの説明に、土方は困惑した顔になる。

「するってぇとなんだ。ほっとけば治るのか?」
「おそらく薬の効き目が無くなれば治ると思います。人によってまちまちですが」
「じゃあ、何のためにこんなことをしてるんだ?風邪薬の類なら、半日も寝てりゃ抜けるんじゃないのか?」
「そうでしょうね」

あっさりと答えたセイに、土方が苛立ちをぶつける。

「簡単に言ってんじゃねぇ!」
「おそらく、ですけど見せしめとか、ここまでできるぞってことを教えたいんじゃないんですか?」
「脅しだってのか」
「屯所でこれだけのことができたら他でできないことなんかありませんよ」

それを聞いて、土方の頭には次々といろんなことが頭をかすめた。もちろんお初のことも。
今度はセイが待つ番だ。総司には言うなと釘をさしてよこした土方の判断はあっているのかもしれない。いずれ耳に入るのだろうけれど、それは今ではないと判断したのだろう。

しかし、セイはそう思えなかった。動けなくなった隊士がいる以上、巡察に出る組も人数も調整しなければならない。それには総司の力もいるはずだ。待ち切れずにセイは口を開いた。

「副長!今は迷っていても仕方がありません。各隊の不足の人数を調整してください。次の巡察までに。私は沖田先生をお連れします」
「斎藤はいいのか?」
「大分回復されていますから大丈夫かと。それよりも今は巡察にも出られない方が問題ではありませんか」

巡察に出られないことが市中に知れるのはすぐだろう。そうなれば不逞浪士達の動きもすぐに活発になる。
セイの言葉に土方が頷くとすぐに、セイは副長室を出た。自分がいても巡察や実戦ではまだまだ力不足だが、各隊組長がいれば何とかなるはずだ。
蔵の前に来ると待機していた隊士に引き戸をあけてもらって、蔵の中に戻った。

「神谷さん、どうでした?」
「沖田先生。ありがとうございます」

セイは総司を見つめて、声を落としたまま今の現状を伝えた。

 

– 続く –