寒月 22

〜はじめの一言〜
反撃じゃ~
BGM:Bon Jovi   You Give Love A Bad Name
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ため息をついてセイが斉藤の傍に座ると、斉藤が天井をじっと見つめている。今の話も総司が蔵を出たことも状況は聞こえているのだろう。斉藤の心中を思えばこれもまたため息が出そうになる。

「俺が不甲斐無いことでお前が気に病むことはない」

何も言えずに枕元に座ったセイに、斉藤が呟いた。じっと天井を見据えて動かない斉藤は、時折、目を瞑って禁断症状を抑え込もうとしてい た。大きく暴れることなく自分の中に抑え込む精神力はすさまじいものがある。本人に言わせると、我慢がならんからだ、といいたいところだろうが、セイには それはわからない話である。

「苦しくはないですか?」
「時折な。思い出したように込み上げて来るが我慢できないほどではない」
「そうですか。南部先生が心配されていたような揺り返しはなさそうですね」

大きく暴れることの減った今は、足も縛ることなく斉藤はただ横になっている。土瓶の中身を確認すると、残っていた分をすべて湯のみと水 飲みに移して、中身を空けた。解毒の作用があると聞いてはいても阿片というものも、中毒になったものもいなかったのでどのくらい効果があるのかわからな かったが、こうして早い回復を見せている斉藤を診れば、かなりの効果があったのだろう。

斉藤の傍で空いた時間にと思い、持ち込んだ医学書を手にセイは阿片や隊士達の症状に効くものがないかと捲り始めた。
蔵の中だけが、外と切り離されたように静かだった。

それとは逆に、蔵の中には伝わらなかったが、屯所の中はざわついていた。次々と体調不良を訴える者がでて病室だけでは足りずに、客間もすべて開放された。

夜の巡察は、池田がセイに教えたように一番隊と十番隊の混成に決まった。総司は半日は蔵の中にいたため、皆と同じ食事を取っていなかっ たのが幸いし、文蔵の仕掛けを口にはしていない。しかし、原田は賄いの監視に回っていた際に、味見と称してあれこれと口にしていたために、今は吐き気に襲 われて、手足からは血の気が引いたようになっていた。

「原田さん、あまりひどいなら休んでいてください。私だけでもなんとかなりますよ」
「いいや、そんなわけにはいかねぇよ。こういうときは決まって悪さしに出てくるやつらが増えるもんだ」

何度も手を握ったり開いたりすることで手の感触を少しでも戻そうとしている原田に、総司は心配そうな目を向けた。多少の寝不足である総司のほうがまだましかと思われた。
しかし、原田にとって今回の関係する一味のものではなかったとしても、おまさの実家の件を思えば少しでも何かをしたい、と思うのは当然である。まして状況を考えれば、敵の一味が出てきてもおかしくはないだけに譲れないところだった。

「わかりました。無理しないでくださいね」
「馬鹿言うな、総司。こういうときに無理しなくていつ無理すんだよ」

にやりと笑った原田に総司も笑った。

「格好いいなぁ。原田さん」
「おう、女に生まれたら惚れていいぞ」
「おまささんに殺されますよ、私」

二人は軽口をたたきながら、門の前に向かう。この緊張感の中でも笑えるところがこの彼等の彼等たる所以なのだろう。

隊列を組んだ総司たちは、前後に分かれて進むことにした。原田の槍中心の組と総司の接近戦重視の組ではそもそも動きが違うため混乱しな いようにだ。夜歩きの町人も少ない中で、頬被りをした小柄な人影が近づいてきた。彼らの巡察の前をあえて横切って走り去っていった男が隊列の目の前で何か を落としていった。

寝込んでしまった山口と相田の変わりに、総司の隣を歩いていた小川がさりげなく足を早めてそれを拾う。何事もなかったように歩きながら、拾い上げた小さく折りたたまれた文を隣を歩く総司に差し出した。

『コノサキ ロウシ スウメイ マチブセ』

歩みを止めずに開いた文を見た総司はすっとそれを折りたたんで小川に戻した。小川はそれをすぐに後ろに送っていき、順繰りにまわされた文は原田の手元にも届く。
今頃、待ってましたとばかりに原田は意気込んでいるだろう。

町屋が切れて、先の方に花街の明かりが見えるあたりで、闇の中から膨れ上がるような殺気が隊列のほうへ向けられた。総司と小川は手にし ていた提灯の灯りを吹き消して、懐にしまう。それに習って後ろに向かって一つ一つ提灯の灯りが消えて、最後尾にいた原田だけが提灯をぶら下げている。

道の脇に小さな物置小屋らしいものが見え、闇の中を隊列が進む足音だけが聞こえた。

あと二間分くらいの間を空けたところで、刀を抜く音がして闇が動いた。すでに刀に手がかかっていた総司達も一斉に刀を抜く。

「うおおお!!」
「新撰組!!同士の恨みを思い知れ!!」

ざざっと駆け寄ってきた人影と、弱い月明かりを反射した刀の閃きだけがあっという間に迫ってきた。正確には何人いるのかわからないが、六、七人はいるだろうか。
原田は殿を歩いていた隊士に提灯を押し付けると、刀を抜いて自ら斬りかかった。

暗闇の中といっても少し前から灯りをおとしていたために目が闇に慣れている。隊士に向けて刀を振りかぶった人影に、原田の一閃が走って 人影の耳を斬り飛ばした。突き刺さるような叫び声と共に振りかぶっていた刀が下がって、人影が蹲る。捕縛は他の者に任せて、すぐに横合いから切りかかって きた影の肘から上に向けて刀を振るった。

二の腕を斬り飛ばされて、刀を握り締めたままの腕が前方へ向けて飛んでいく。

「お前らが出てくるのを待ってたぜ!」

次々と十番隊の隊士の間を縫って襲い掛かる影を切り倒して行った。屯所を出る前の体調不良などどこ吹く風という風情で走りまわる原田に、十番隊の隊士たちは浮き足立っていた気分がしっかりと地に着いた気がした。

片や、こちらも様々な鬱憤を抱えていた総司を筆頭に、憂さを晴らすように一番隊の隊士達も立ち向かっていた。

「一番隊沖田総司!くるなら私に来なさい!」

総司が名乗りを上げると一斉にそちらへ向かって刀が閃いた。相手の横をすり抜けるように刀を握った手首の辺りを斬り飛ばすと、その影にいた者は、踏み込んだ足の膝から下を斬りつける。暗闇の中だというのに、向けられた殺気に何かを思うより先にいち早く体が反応する。

「うわっ!」

戦闘不能にされた者達を捕縛に回っていた隊士達の方で叫び声が上がる。
意識はそれを捉えていても、体は自身に向かってくる殺気の方へ向かう。総司は足元から切り上げてくる刀を紙一重で避けると、夜目にもはっきりと浮かび上がる首筋へ刀を打ち込んだ。

息をつくと、そこにはうめき声を上げる者達とそれを縛り上げる隊士達の声だけになっていた。唯一残していた灯りから次々と皆が提灯を灯し始めていたので、あたりはいくらか明るくなっている。
周囲を見渡してから懐紙で刀を拭うと、隊士達の様子を見ながら原田のいるほうへ向かう。

「原田さん!」
「おう、こっちは怪我もないぞ」
「沖田先生、小川が……」

原田率いる十番隊は原田の奮闘で無傷だったが、捕縛している最中に足を切り飛ばされた浪士が脇差を抜いて小川の太ももの辺りに斬りつけていた。

「大丈夫です、かすり傷です」
「どこです?」

小川の傷を確認すると総司は懐から手拭を取り出して、小川の傷を縛った。

「歩けますか?」
「もちろん大丈夫です。巡察、続けましょう、先生」

軽く足を引きずるものの歩くのも大丈夫そうだったので、捕縛した者を番屋に連れて行くのを原田隊に任せて、総司達一番隊は巡察を続けることにした。

「原田さん、お願いしますね」
「おう。まかしとけ。そっちも気をつけろよ」

捕縛した者達を引きずるようにして番屋に向かう後姿を確認して、総司達は再び歩き出した。一度だけ、何が気になったのか、総司が振り返った。

総司が振り返った先の、暗闇の中に溶け込むようにその様子を一部始終、眺めていた男がいる。肩の怪我を庇うように懐手にした横山ならば、気配を殺して近くで見守ることなど造作もない。

「……いい腕だなぁ。楽しみ、楽しみ」

嬉しそうに横山は総司達の後姿を見送った。花街の方へ向かった総司達にぶつからないように、道の脇を入って堀川沿いへ向かいながら横山は先ほどの戦いを思い出しては頭の中で自分ならば、と繰り返していた。

 

 

– 続く –