寒月 23

〜はじめの一言〜
あああ、斎藤さんが~~!!
BGM:Bon Jovi   It’s My Life
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

原田達より一足先に、屯所に戻った総司達一番隊はそれぞれに安堵の息をついた。捕り物はあったものの、無事に帰りつけたことがいつも以上にほっとするものがある。

小川が病室に向かうと、他の者がセイを呼びに蔵に向かう。総司は副長室へ向かった。

「土方副長、よろしいでしょうか」
「何かあったか?」

声音だけで、すぐに話を読み取るのは付き合いが長いだけではないだろう。障子をあけて中に入ると、床に入っていたはずの土方が起き上がっていた。

「お休みのところすみません。案の定、途中で出てきましたよ。7人ほど捕縛して、原田さん達が番屋に引きずっていきましたが」

夜着で髪も下ろした土方は、床の上に座している。

「怪我は?」
「原田さんのところはありません。うちは小川さんが捕縛の際にちょっとだけかすり傷を受けたくらいですみました」

ほぅっと土方からも安堵のため息が漏れた。病室は夜になっても、なかなか寝付けない者達で世話をする小者達もまだ動いている。そこに重傷者などが出なくてよかったと思う。

「そうか。ご苦労だったな」
「じゃあ、私はこれで」
「蔵には行かずにお前は隊部屋で休めよ」

部屋から出ようとした総司に、土方は先手を打って釘を刺した。言わなければ、また夜通し寝ずに蔵に行くことは分かっている。

「総司、わかったな?今お前まで使いものにならなくなるのは困る」
「隊務に支障はだしません」
「そういう問題じゃねぇ。反論は許さん。お前はまっすぐ隊部屋に戻って寝ろ」

有無を言わさない土方の口調に総司は唇を噛みしめて、返事もせずに部屋を出た。素直に言われたとおりにすることができなくて、小川の様子を見るのだと理論武装すると、病室に向かった。

蔵から呼び出されたセイが小川の傷の手当をしている。満員の病室のために、廊下でその様子を眺めていた総司に、手当を終えたセイが近づいてきた。

「沖田先生!お疲れ様です。小川さん、大したことないと思います。少しの間、難儀するかもしれませんけどすぐに良くなりますよ」
「そうですか。貴女も疲れているのに申し訳ないですね」
「いいえ、このくらい……」

ちょっとだけはにかんだセイは、ついでとばかりに他の隊士達の様子を見て歩いている。額に手をあて、腹や手に触れて、様子を見て行くセイに触れられているのが自分のようで、無意識に総司は自分の腕を掴んだ。

「すみません、ご心配おかけして。沖田先生?どうかしましたか?」

軽く足を引きずった小川に声をかけられて、はっと我に返った総司は苦笑いを浮かべて、小川に手を貸すと一緒に隊部屋に戻った。土方に止められた以上、蔵に行くことはできない。セイが蔵に戻るところを見てしまえば、余計に気になると思って、先に病室を離れた。

隊部屋に戻ると小川の分の床をひいてやって、自分も久しぶりにいつもの場所で横になった。頭の中では、隊士達の病より、先ほどの捕り物より、蔵の中が気になって目を閉じてもなかなか眠りは訪れなかった。

 

病室で一通り皆の様子を見て歩くと、万能薬などはないが、腹を壊したもの、血の気が引いたもののために弱めに薬を煎じるように小者に必要な量を言って、後を頼むと蔵に戻った。
重い引き戸をあけると、斎藤が目を覚ましている。

「すみません。兄上。起こしてしまいましたか」
「いや……苦しくて先ほど目が覚めただけだから大丈夫だ」
「!大丈夫ですか?お薬を飲まれましたか?」
「ああ。それより誰か怪我でもしたのか?沖田さんが戻ったんだろう?」

いつもより、弱々しい声で斎藤が問いかけた。声に力がないところが、苦しくて目が覚めたと言っていた之が事実なのだとわかる。
セイは土瓶に手をかけると、空になっていた湯のみにいつでも飲めるように薬湯を注いだ。

枕元に置かれた薬湯を身を起して少しだけ飲んだ斎藤が、セイを見つめた。疲労のためかいつもより青白く見える顔に、儚げな笑みが浮かんでいる。セイを見つめたまま動かない斎藤に、セイが心配になって身を寄せた。

「兄上?どうかしましたか?お辛いですか?」
「……辛い、な」

ぼそりと斎藤が呟いた。意味を汲み取れずにセイが聞き返すと、ぐいっとセイの手を掴んで斎藤はセイを懐に抱き締めた。

「あ、兄上?どうしました?!苦しいんですか?」

セイが、慌てて問いかけるのをきいて、再び斎藤がオウム返しに言った。

「確かに……苦しいな」

セイの耳元に熱い息がかかって、囁かれた声に耳が熱くなる。具合の悪いはずの斎藤に、自分の反応を恥じてセイは薬湯を渡そうと手をのばして再び斎藤に抱きこまれた。

「神谷」
「……はい」
「俺が辛いならお前はどうにかしてくれるのか」

セイは、どきん、どきんと胸が早くなるのを感じて焦った。斎藤は薬のせいで辛いと言っているはずなのに、なぜかそうは聞こえなくて、動揺してしまう。強い力で懐に抱き締められているからだろうか。

「あ、あの……」
「苦しいかと聞かれれば苦しい。それをどうにかしてくれるのか?」

低い声が耳元に響いて、セイはぎゅっと目を瞑った。どうにか斎藤の腕の中から離れようとして、腕を突っ張ると、さらに強い力で引き寄せられて、セイは斎藤が寝ていた床の上に押し倒された。

床の中は斎藤の匂いがして、心臓が飛び出しそうなくらいドキドキする。セイは押し倒されて抑えつけられた肩の痛みも分からなかった。上から見下ろしている斎藤の顔が迫ってきて、セイは咄嗟に顔を背けた。

「あ、兄上っ!!」
「清三郎……」

斎藤が神谷と呼ばなかったのはどこかで抵抗していたからかもしれない。セイを我がものにしていいはずがないと思っていて、それでも夢の中の誘惑が蘇って堪らなく苦しかった。ずっと総司が蔵の中に一緒にいたことも余計に斎藤を追いこんでいた。

まるで二人の中を見せつけるように見えて、決してそうではないことも頭のどこかでは理解しているのに、どうしようもなく籠る熱に浮かされる。

「兄上っ、やめて、離してくださいっ!」

焦って身を捩るセイを思いきり抱き締めてしまえば、こんな夢も壊れてくれるかもという思いが浮かぶ。斎藤はセイの耳朶に唇を寄せた。片腕でセイを押さえ込むと、片腕でセイの顎を捉えて、その唇に己を重ねた。

「っ!!」

柔らかな感触に頭の中が真っ白になる。夢の中で実際にはお才だったのだが、甘い柔らかい声で呼びかけられたことが蘇る。

『斎藤先生』

頭の中で響く声に、斎藤は掴んだ顎に力を入れると、少しだけ緩んだ口中に舌を滑り込ませる。深く合わせられた唇に、セイはぎゅっと強く目を閉じて、どうにか逃れようと腕に力を入れた。掴まれた手から抜け出した片腕で、セイは斎藤を力いっぱい押しのけた。

「っく!」

瞳いっぱいに涙を溜めたセイが、ようやく離れた斎藤の顔を見上げた。斎藤の中で、音を立てて何かが崩れた気がした。

 

– 続く –