寒月 34

〜はじめの一言〜
お初さんとセイちゃんは一つしか違わないのになー。
BGM:Scott Matthew lithium flower
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「私はそのためにこの伊勢屋の口利きで遊里に身を売り、土方様に近づくことまではできたものの、飽きて捨てられた妓でしかありません。このような場に連れてこられてもなんとも思いますまい」
「さて、お初様、それはどうでしょうなぁ。私らの調べたところでは副長はんはそないなお方ではないようですが?」

そういうと、万右衛門は喜助から匕首を鞘ごと取り上げるとお初の肩口を思いきり打ち据えた。

「あぅっ!!」

福永の方を向いていたお初は、横あいから思いきり殴りつけられて呻き声を上げた。縛り上げられたまま、土方がはっと顔を向けた。
目があった万右衛門は残忍な笑みを浮かべた。

「ほぉれ」

繰り返しお初を殴りつける万右衛門に、土方だけでなく、見ている近藤達もぎり……と噛みしめる。

今の話では、お初は初めから仕組みの一つとして土方に近づくところまではできたが、落とすところまではいかず捨てられたと言っている。たとえ、そんな女であっても、目の前で自分たちのために打ち据えられていてなんとも思わない男達ではない。

「やめないか!!」

腹の底から響くような近藤の怒声が響いた。
うめき声を堪えて、倒れ込んだお初を前に万右衛門が近藤を睨みつけた。

「そないなお立場でしたやろか?局長はん」
「何も抵抗できぬ女子を傷めつけることはなかろう!」
「近藤さん!」

嘲るような万右衛門の言い草に近藤は縛り上げられているのに、よろめきながら立ち上がりお初の傍に寄ろうとした。
土方が驚いて叫んだ。自分の唯一守るべきと思ったその人をこんなところにまで引きずり込んだのは自分の甘さ故のことだ。それを思うと、心の底から湧きあがるものに我慢できなくて、叫び出しそうだった。

 

その時、近藤や土方達のいる部屋の出入り口を押さえるように立っていたお才の背後の障子が静かに開いた。セイが、お才の首元に脇差を突きつけて片腕をひねり上げた。

「きゃっ!!」
「動くな!!」

腕を掴み、脇差を構えたまま、天神姿のセイがお才の足を払った。がくっと崩れ落ちたお才の腕を後にひねりながら、脇差を構えて徐々に移動する。

「神谷っ!!」

その姿に呆気にとられていた男達がはっと正気に戻る。あまりの動きづらさに打ち掛けだけは脱ぎ棄ててしまったセイは、最も近くにいた斎藤の縄を脇差で切り払った。

「斎藤先生!この人ら皆斬ってしまって!!」

腕をひねり上げられたお才が叫んだ。ゆらりと立ち上がった斎藤は、無言のまま床の間の脇差を手に取ると、セイに向かって刀を振りかざした。
今の斎藤が完全に操られていることを知っている原田達があっと思った瞬間、セイはお才の手を離し、ぱっと身をかわした。彼等の刀を抱えているために自由に身動きがとれない。

万右衛門はいつの間にか金と共に姿を消し、慌てふためいた福永は立ち上がってどこに逃げるべきか右往左往している。

「神谷さん!!」

総司に呼ばれて、セイは刀を抱えたまま、斎藤の振り下ろす刃をくぐりぬけて鯉口を切った刀で総司の縄を切った。持ち切れない刀を帯にはさんで背中に背負っていたセイから自分の大刀を鞘ごと引き抜くと、セイに向かってふりおろされた斎藤の剣を鞘で防いだ。

「斎藤さん!!正気に戻ってください!!」

総司の声にも反応しない斎藤は、セイではなく総司に向かって刀をかえした。セイはその隙に原田、永倉、藤堂、と縄を斬りつぎつぎ刀を渡した。土方の背後に回って縄を切ると、土方はすぐに床の間の脇差を掴んで隣の部屋に踏み込んだ。

近藤の縄を切ったセイは、太刀と脇差を渡した。喜助は母屋に戻り、二階へ駆けあがると花菱の周囲へ向けて呼子を吹いた。それが、浪士達 への合図となり、近隣の家や揚屋に集まっていた浪士達が一斉にこの家めがけて走り込んでくる。斎藤と総司は依然、構えては時折組み合っている。

呼子の音に、刀を構えた永倉達は庭に面した障子をあけて庭先に躍り出た。

「下がれ下がれ!!お前達等、浪人以下ではないか!!」

鈍刀を抜いた福永が土方に向かうと、倒れ込んでいたお初がなんとか身を起こした。

 

―― 浪人以下なのは貴方ではないですか、父上!

 

よろめきながら立ち上がったお初に土方が手を伸ばした。

「お優しいですね?副長様。仮にも貴方様を騙した女ですよ?」

伸ばされた手を自嘲気味に笑ったお初を土方の目が捉えた。正面から土方を睨みつけるその目に土方はすべてを悟った。

ばたばたと荒れる部屋の中で、斎藤に怪我を負わせないように防戦一方の総司が苦しくなってくる。壁際に逃げたお才が叫ぶ。

「斎藤先生!その男殺して!斬り殺せば欲しいもんが手に……」

叫ぶお才の声を聞きながら、セイは自分の脇差を掴んで総司と斎藤の間に飛び込んだ。目の前に鮮やかな色が散る。

「神谷さん!!!」

がっと鞘で受け止めた斎藤に艶やかな着物の袖が舞って、それが視界に入る。セイは正面から斎藤の眼を覗き込んだ。

「兄上!!お戻りください!!」

びくっと振り下ろされていた刀が止まり、力が緩む。斎藤の眼の中で何かが揺れている。鞘で受け止めていた斎藤の刀を弾いて、セイは斎藤の懐に飛び込んだ。

「斎藤先生!!」

自分の胸元で、泣きそうな顔の女子のセイが見上げて斎藤を呼ぶ。斎藤の中で最後tの枷が崩れ落ちた。目の前のセイを支えるように腕を回すと、脇差を下ろした。

「すまん!助かった」
「兄上?!兄上ですね?!」
「当たり前だ。すまん」

涙目のセイを抱えて、その背後でほっと息をついた総司と視線がぶつかった。今だけは、と苦笑いを見せた総司に、斎藤は腕に抱えたセイを押し付けた。

「アンタはその姿だ。沖田さんの傍にいろ。俺は礼をせねばならん」

脇差を納めると、セイが背中から鞘ごと大刀を受取って、腰に差す。すでに庭先には駆け込んできた浪士達が原田や永倉達に襲いかかっていた。

 

 

– 続く –