寒月 33

〜はじめの一言〜
かっしーが手伝ったのはやっぱり副長に恩を売りたかったからかなぁ
にしても刀背負ってたら動きにくいだろうなぁ
BGM:Scott Matthew lithium flower
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着替えと支度の終わったセイは、お里とともに花菱へ向かった。天神姿でそんな依頼に来るなどあまりあることではないので、基本的には応対はお里に任せるしかない。誰かが出てくればの話だが。

そっと花菱の玄関先から入ると、母屋にそれらしい人の気配はない。気配を押えて様子を伺うと、大丈夫そうなのを確認して、お里に頷く。そして、一度玄関から外に出た。すぐに山崎が置屋の下働きの男風の装いで駆け寄ってきた。
お里を連れてすぐに置屋に戻っていく。それを見送ってセイは再び静かに玄関から中に入った。

着物の裾を持ち上げて、セイは静かに中に入った。

―― もうっ、こんな裾じゃ動きにくいじゃない!伊東参謀の馬鹿っ

大抵、玄関先で刀を預かるからすぐ近くの部屋に刀部屋があるはずなので玄関脇にある小部屋をそっと覗くと誰もいない。深呼吸すると確認 して中に滑り込んだ。薄暗い部屋の中をそっと探るが刀箪笥らしきものもない。どうやら玄関先で客を出迎える際の手拭などの店の者のための小物が置かれてい るらしい。

板戸を細めにあけてそっと様子を伺うと、目の前に女将などがいる部屋がある。細めに襖をあけて中をのぞくとこちらにも誰もいない。こちらには灯りがついているものの、まさに女将の部屋という状態で刀を預かる場所がある様子はない。

「困ったな。どこにあるんだろう。客としては入ったことあるけど、こんな裏なんて分かんないし…」

セイは焦りながら、徐々に大胆に部屋を探し始めた。人気がないのをいいことに、裾を引き上げたまま、廊下を滑るように歩く。

はっと一部屋の前で足を止めた。

唯一、人の気配がする。

そっと中を伺うと娘が一人座っている。ぴんと背筋を伸ばして座っているが、後ろ手に縛り上げられているようだ。その姿に敵方ではないと判断したセイはそっと部屋の中に滑り込んだ。背後から騒がれないように口元を押さえたセイに娘が驚いて振り返った。

「しっ!驚かせてすみません。こんな姿に変装していますが、新撰組の神谷といいます」

セイが名乗ると、娘の顔には縋るような色が浮かんだ。大きな声を出さないでくださいね、と言ってセイがそっと口を押さえていた手をはずした。

「貴女も何かの事情で捕まっているのですね?私はこちらに捕まっている仲間の刀を探しています」
「刀ならば皆様の分が向かい側の部屋の刀箪笥にあるはずです。どうぞ急いでください。まもなく店の者が来ます!」
「貴女も逃げないと!」
「いいんです!!」

強く言われて縄を解こうとしていたセイの手が止まった。娘が振り返った。

「私のことはいいのです。それよりどうか話を聞いてくださいまし」

もう推察されていることだろう。
早口で話し始めた娘はお初その人だった。セイはお初と土方との関係を知らない。焦る中、手短に語りだしたお初の言葉を聞き漏らすまいとセイは身を乗り出した。

 

「元締め。そろそろ仕上げにかかってくれ」
「畏まりました。それではお連れしましょうか」

頷いた福永に、万右衛門はささっと左手を後ろに動かした。それを見た喜助が部屋を出て行く。万右衛門は両手を突いて体の向きを変えると土方の顔を見て笑った。

「副長はん、長いことお待たせしました」
「好き好んでいるわけじゃねぇよ。さっさと開放してくれて構わんぞ」
「そうおっしゃらず」

すらりと万右衛門がいる側の襖が開いた。喜助に腕を掴まれてお初が連れて来られた。縄は解かれているものの、逃げ出せないように喜助が腕をがっちりと掴んでいる。
土方の目が大きく見開かれた。

「面白い座興でございましょう?」

万右衛門がにやりと笑った。お初は喜助に掴まれたまま部屋の中央に座らされた。一切、土方の方は見ようとせずに覆面の武士の方へ向き直る。

「私など役には立ちませんでしょう?仕事にはしくじりましたから」
「それはお前が決めることではない」
「母のように私も捨て置いてくださればよろしいではありませんか。父上」

愕然とした顔で土方はお初を見た。一切振り返ろうとしない顔は、土方の知るお初の顔ではない。
万右衛門とお才が蒼白になる土方の顔を満足げに眺めている。

「改めてご紹介いたしましょか。こちらさんは長州藩重臣の福永様と申されます。そしてこちらが御息女のお初様と申されましてな。土方様を懐柔するために遊里に身を売って頂いたわけです」

蒼白な顔のまま、お初から視線をそらした土方に原田や永倉達が驚きの目を向けた。土方がひた隠しにしていたことが暴かれる。

 

お初は、福永が馴染みの妓に産ませた娘であった。正妻のりくには子に恵まれなかった福永であったが、生まれたのが娘であったため、当初は引き取るつもりなど微塵もなかった。ただ、面倒を避けるためもあって、こじんまりした町屋を借り受けて妓を住まわせた。

時折、現われる福永を父上だと教えられたお初は物心ついた時には自分と母がどういう立場なのかを知っていた。しかし、母はいつか本家に呼ばれる日が来るかもしれないと、お初には芸事から手習いまで、武家の娘として恥ずかしくないものを与え続けた。

十六になる頃、母が病に倒れ儚くなった後、現われた福永は久しぶりに見た娘に、野心を抱いた。どれほど艶福家であっても、己の娘に手を 出すことはできない。しかし、器量といい、しつけといい、これならば望む家に嫁として嫁がせて遠戚を結ぶことも、婿を取って家を継がせることもできると 思った。
それが駄目であっても、女子であれば遊里に売ればよい。

福永にとってお初は愛情をかける存在ではなく、ただ便利な道具というだけのものだった。

 

「父上などと呼ぶでない。汚らわしい」

吐き捨てるように覆面の武士、福永が言った。

「おやおや。お父上がお怒りですよ。お初様」
「ふん。お前など、あの妓が勝手に生んだだけで娘でも何でもないわ。単に便利な道具というまでよ。いや、役にも立たない道具というべきかな」

福永のいい様に、近藤は眉間に深い皺を刻んだ。武士として、外に子を作ることもよくあることだ。それが遊里の妓であったり、妾であった りすることもよくあることだ。また武家に生まれたものは、男子であればいずれ子を作り家を継がなくてはならず、女子であれば家督を継ぐ婿を取るか、嫁に行 くかのいずれかしかない。
そこにはお初の意思などは差し挟む余地がないことも当然ではあったが、それは親が当然の愛情を注ぐからであって、生まれてこのかた、ずっと道具扱いでいいはずがない。

その悪し様な言い様にもお初は全く動じずにこちらもまた冷えた笑いを浮かべた。

「ですからお役に立たなかった道具など捨て置いて下さればよろしいでしょう?」

到底、血を分けた父と娘の会話とも思えない話であった。

 

 

– 続く –