寒月 36

〜はじめの一言〜
歳様は本当に不器用なのだなー。とか。やっぱ多人数じゃないと動かしやすい(苦笑
BGM:jillmax GET9
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黒谷から戻った近藤の元に土方が現れた。

「近藤さん」
「何も言うな」
「……すまん」

唇を噛みしめたまま、土方が膝をついた。着替えを終えた近藤は、土方の肩に手を置いた。

「俺は知っていたよ。山崎君から聞いてね」
「……!」
「お初さんを身請けするときに、お前がどうも気に入っているようだと報告を受けたんだ」

山崎は近藤にだけはそのことを報告していたのだ。女道楽の絶えない土方だったが、誰にも秘密にして囲う気になったということが、どこかで本気なのかもしれないと思った。近藤はそのまま黙って土方の思うようにやらせるようにと山崎に言った。

 

そして報告は無用だとも。
土方が秘密にしておきたいならすればいい。そこへ踏み込むことはしなくていい。

 

「俺を処断してくれ」
「土方歳三!」

鋭い一声が痛む心に響く。

土方の前に、着流しのまま座った近藤の目が厳しい。

「お前は分かっていて彼女を斬ったはずだ。ならばその責も負っていけ」

―― 罪も、罰も。すべてを背負っていくのが鬼として生きる自分達なのだから

噛みしめた土方の唇の端から一筋の血が流れた。ざっと立ち上がると、自室に戻っていく。すべてを知っていて、土方を当然のように助けに向かった近藤には、とうにすべてを背負う覚悟がある。それは当然、土方のことも含めてだ。

徳川を最後まで守るために自分達は。

 

屯所に戻って、所用をすべて片付けたセイは、伊東の元へ向かった。

「どうしたんだい?清三郎」
「お礼に上がりました。伊東参謀にご指示いただいた通りにいたしましたところ、おかげ様で無事に先生方をお助けできました」

ふ、と伊東が微笑んだ。

「無事に済んでよかったよ。今回は大変だったね」

短冊を手にセイの方を見ようともせずに伊東がそういうとセイは頭を下げた。傍にいた内海が頷くのを見て、セイは下がっていった。

「恩を売るためですか?」
「なんだね?内海」
「貴方らしくないと思いまして」

内海の言葉に伊東の顔が不機嫌そうになる。手にしていた句作の為の短冊をおいて振りかえった。

「僕だってたまには仕事らしいこともするよ」
「ほお。それはそれは」
「お前!僕を馬鹿にしているのか?!」
「いいえ。貴方なら、傷心の副長の所に夜這いでも掛けるのかと」

ふん、と伊東が鼻を鳴らした。

「傷心の土方君もこの上なく美しい。だが、そこに付け込んでも面白くはないだろう?彼が、最も彼らしい時に堕ちるのを待つさ」
「貴方って人は……、恐ろしいんだか何だか……」

内海はもはや呆れを通り越したように、呟いた。

 

副長室に向かったセイの前に総司が現れた。廊下の端に寄りかかるようにして、総司が待っていた。

「どこに行くんです?」
「副長室です」

顔を伏せて通りすぎようとしたセイの腕を総司が掴んだ。

「おやめなさい」
「私は副長付きの小姓です!」

振り払おうとしたセイの腕をさらに強く掴む。掴まれた腕の痛さと、心の痛さにセイが下を向いた。静かに総司が言った。
「今は一人にしておいてあげてください」
「……嫌です」
「神谷さん。あの人を分かってあげてください。あの人はとても脆い人なんです」

子供に言い聞かせるような総司の言い様に、セイは顔を上げた。涙の浮かんだ眼で総司を見返したセイは、掴まれていない方の手で総司の羽織を掴んだ。握りしめた指先が震えている。

「……それでも、逝ってしまったあの人の想いを伝えないとあんまり……あまりに可哀そうじゃないですか!」
「……神谷さん?貴女は、あの女子を知っていたのですか?あの方と話をしたのですか?」
「何も、なにも知りませんでした。あの時、先生方の刀を探している時に、捕まっていたお初さんと……、お初さんから話を聞きました」

腕を掴んでいた手を緩めた総司が、仕方ないとばかりにため息をついた。

「わかりました。私も一緒に行きましょう」

羽織を掴んでいた手を優しく解くと、セイを伴って総司は副長室へ向かった。副長室の前に来ると、総司はセイを促した。

「副長。神谷です」

部屋の中から返る声はなかったが、セイは静かに障子を開いた。背中を向けて端坐している土方に向かって、廊下にすわったままセイは話しかけた。その後ろに総司が座った。

「あの時、先生方の刀を探していた時に、お初さんにお会いしました」

あの限られた時間で、どれだけ伝えられたのか。

 

お初は、使い勝手のいい道具として福永家に引き取られたものの、正妻のりくは決してお初を認めようとはしなかった。日ごろは下女同然の扱いをし、人目がある時だけは形ばかり娘として扱った。お初にとっては最も辛い時期だったといえる。
人以下の扱いに幾度、家を出ようとした事か。
しかし、生まれた時から母に教えられた武家の娘としての心構えからして、父や義母の言うことに異を唱えることなど許されないと思えた。また、どんな理不尽で非道なことを言われても、女子の身で逆らうことなど許されない。

そんな時に、土方を陥落させるために遊里に行けと言われた。土方を落とすための段どりはつけられたものの、後は普通に売り飛ばされた。土方が来ないときは、妓として客も迎えた。

 

– 続く –