寒月 5

〜はじめの一言〜
試されたと知ったら、斎藤先生はもっと怒り狂いそうな気がします。だから斎藤先生、スイマセン…。

BGM: How Soon Is Now

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門限を過ぎた屯所の門は当然閉められていて、門脇の小屋の中に当番の隊士達が詰める。夜番の巡察は門脇の通用口から出入りが行われていた。

子の刻を過ぎたあたり……

数人が駆けてくる足音が聞こえた。続いて、どさっと門の前に重い荷物が投げ捨てられた音がして、足音はそのまま止まらずに駆けて行った。門脇の隊士が、その音を不審に思って、くぐり戸から顔を覗かせたところ、門の前に菰包みが投げ出されている。

それが何か分からなかった隊士は、さく、と砂利の音をさせて菰包みに近づいた。あと一歩、ということろで菰包みがが動いた。

「……!」

びくっと隊士は腰の刀に手をかけた。じり、じりと後ずさると開いた通用口のところまで戻り、門脇の小屋に向って呼ばわった。

「おい、誰か、ちょっと来てくれ!」

すぐに中から隊士が二人ほど出てきた。先に出た隊士は、菰包みから目を離さないまま、後から出てきた二人を呼んだ。

「どうした?」
「こっちへ来てくれ!この菰包みが動いたんだ!」
「なにぃ、菰包みが動くわけないだろうよ」

ついで出てきた隊士達と共に、菰包みへ歩み寄った。足の先で菰包みを転がすと、呻く声が聞こえる。顔を見合わせた隊士達は、脇差を抜いて、菰包みの縄を切った。

「斎藤先生!!」

転がり出た斎藤の姿に、隊士達は驚いた。一人が急いで門の中へ走り込んでいき、残った二人は斎藤の様子を確かめた。首筋に手を当てると、脈は弱々しいものの規則正しく打っている。うっすらと目があいているものの、その眼が見えているのかもわからなかった。

「斎藤先生!しっかりしてください!!おい、中へ運ぶぞ!」
「おう!斎藤先生!!どうかしっかりしてください!」

斎藤の両脇と足を抱え持つと急いで門の中へ入って行く。先に中に入った隊士は、幹部棟へ駆けこんだ。

「局長!副長!斎藤先生が!!」

その声に近藤と土方の部屋からそれぞれが飛び出してきた。もちろん隊士棟の方からも隊士達が部屋から飛び出した。

「どうした?!」

部屋から飛び出した土方が、怒鳴った。駆けてきた隊士が、土方と近藤の前に走り込んで膝をついた。

「門前に菰包みが投げ出されて!包みの中に斎藤先生が!!」

その声に、近藤と土方、またその声が聞こえた隊士達が駆けだした。病室に運び込まれた斎藤は、明らかに異常を示していた。近藤をはじめとして幹部達が次々と現れて、布団に寝かされた斎藤を取り囲む。
遅れて病室に飛び込んできたセイは、他の隊士達をかき分けて幹部達の傍に飛び出した。すぐに近藤がセイに向かって斉藤を診るように指示する。

「神谷君!斎藤君を!!」
「はい!」

原田と永倉が身を引いて場所を開けた。そこに滑り込んだセイは、斎藤の手を取りながら片手で布団をまくった。

「!!」

布団をまくり上げた瞬間に、斎藤の着物に沁み込んだ甘い香りがふわっと立ち上って、セイの顔色が変わった。手首の脈はひどく弱々しい。

「誰か!急いでお湯を用意して、斎藤先生の体を清めてすぐに着替えさせてください。それから誰か至急、南部先生を呼んでください!!」

ひどく緊張したセイの声が上がった。近藤と土方が頷くと、次々と隊士達が駆けだしていく。

「神谷君……」
「それから、斎藤先生を幹部棟の小部屋に移してください!早く!!」

顔色の変ったセイが叫んだ。それだけ言うと、セイはぱっと身を起して屯所内に置いてある薬のところへ駆け寄った。震える手でばさばさと薬を探し始める。

「あった……!!これだけ……」

セイが手にしたのは冬虫夏草の欠片だった。振り返ると、すでに隊士達が布団ごと斎藤を運んでいる。幹部の数人は斎藤について移動しており、残ったのは土方と総司、そして平隊士達が遠巻きにセイの動きを見ていた。

「神谷?!」

我慢しきれずに土方がセイの腕を掴んだ。どういう状態なのだと問いかける土方に、腕を掴んで顔を向けさせられたセイの目がきらりと光った。セイは、掴まれた腕はそのままに、総司を目線で呼びよせて二人にのみ聞こえるように言った。

「斎藤先生は、おそらく阿片中毒です。あの、甘ったるい香りと、脈の弱々しさからすれば、どのくらいの量を使われていたのかわかりませんが……とにかく急いで薬を抜いて解毒しないと……!」
「……何………?阿片?」

ひどく空虚に土方が繰り返した。何かは知ってはいても、御禁制の品が身近であるはずもない。
土方が掴んでいたセイの手を離すと、今度は総司がセイの肩を掴んだ。

「神谷さん!どうすればいいですか?私達に何かできることは?!」
「薬が足りません。ここにある分はほんの欠片しかないんですっ。冬虫夏草という薬が要ります。南部先生の指示を仰がなければいけませんが、薬種問屋には声 をかけて集めないと。あとは、いつ薬から離れて運ばれてきたのかわかりませんが、禁断症状が出れば薬を求めてひどく暴れます。縛り付けてでも押さえ込むし かありません」

切実なセイの声に、総司は頷いた。

「冬虫夏草、ですね?それを手に入れてくればいいんですね?」
「南部先生がどのくらいお持ちかわかりません。南部先生の所とこちらに届けてもらうように手配をお願いします!薬がなければ……」
「なければ?!」

セイはその先を続けられずに首を振った。セイとて、実際にその禁断症状に苦しんだ者をみたことまではない。ただ、話に聞く分には、地獄の苦しみが待っていることしかわからない。

セイは、土方と総司に頭を下げると、駈け出して行った。その姿を見ながら、土方と総司は顔を見合わせた。

「土方さん」
「総司。薬の手配を済ませたら、幹部は全員屯所に留め置きにする。平隊士は単独行動を禁ずる!」
「承知」

総司が動いた後、土方は幹部棟へ向かった。小部屋に運び込まれた斎藤を隊士達が拭き清めていた。居並ぶ近藤や幹部たちを部屋から追い出すと、セイは火鉢と、薬を煎じるための大ぶりの土瓶を平隊士の一人に頼んだ。
心配げに部屋の前に集まっている幹部達を土方が近藤と共に局長室へ呼んだ。

「斎藤は薬を盛られた。神谷が言うには阿片らしい。斎藤ほどの男が捕まって薬を盛られるなんざ、ただ事じゃねぇ」
「な……に……」
「本当か?土方さん」

異様な空気が局長室を占めた。これまでのように不逞浪士達が刀を抜いて向かってくるなるならばまだわかる。だが、このような形でしかも幹部が襲われるということに驚きが走る。皆が難しい顔で黙りこんだ。

「いいか、幹部は全員屯所に留め置き、組長以下は単独行動を禁じる。常に二人以上で行動」
「承知」

ぎり、と土方の噛みしめた口からきしむ様な音がした。

「これは……、まだ始まったばかりだ。俺達への宣戦布告だぞ」

土方を包む怒りがじわじわと皆に伝播していく。
近藤は、厳しい眼を土方に向けた。そこには何かを差し挟む余地はなかった。

 

– 続く –