寒月 6

〜はじめの一言〜
斎藤さんは復活できるのか?!

BGM: How Soon Is Now
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非常の際とばかりに門は開かれて篝火が灯された。知らせに走った隊士が駕籠を伴って屯所に駆け込んでくる。松本がいれば同行しただろうが、不在らしく駕籠はひとつだ。

駕籠は、隊士の誘導で大階段の目前まで運ばれて、南部が駕籠から薬籠を持って降りると、すぐに奥へ向かった。始め病室に向かいかけて、ほかの隊士が幹部棟の奥へ移動したと告げたために、急いで廊下を渡る。

小部屋の中で、火鉢に強く火を起こし、薬を煎じながらセイは汗を拭った。セイにわかることといえばとにかく、体内から薬の成分を抜くことしかない。汗をかくことも、弱った体に煎じた薬を飲ませることも、とにかく思いつく限りのことをするしかない。

枕もとに置いた桶で手ぬぐい濡らして取り替えると、再びセイは自分の額の汗を袖口で拭った。
狭い部屋に移してもらったのは、部屋を暖めやすいことと、煎じた薬を吸い込むことでも効果を引き出したかったからだ。

慌しい足音が聞こえて、部屋の前に来た隊士が声をかけた。

「神谷、南部先生をお連れした」

すぐに障子を開けたセイは、南部の顔を見ると頼りになる相手が来たことでほっとすがるような顔になる。南部を部屋に入れると、すぐに障子を閉めた。

「南部先生、これを……」

セイは着替えさせた斉藤の着物をたたんでそのまま取っていた。南部にそれを見せると、再びあの甘だるい匂いが微かに漂う。南部もその香に眉をひそめた。

「思いつく限りはしました。体を清めて、薬を煎じながら部屋を暖めて……」
「斉藤先生はいつお戻りに?」

南部の耳にも斉藤行方知れずの知らせは入っていた。セイは、斉藤の着物を再び部屋の隅に追いやって、南部に場所を譲る。

「つい先ほどです。運ばれてきてすぐに私がこの香に気づいたので、病室ではなくこちらに移しました」

すばやく脈を取った南部は、聴診器を取り出して斉藤の胸の音を確かめている。ひどく弱いと思われた脈だったが、鼓動は規則正しく、元々斉藤の体が鍛えられたものだったが故に何とかもっているようだ。
薄く開いた目が彷徨っているものの、物を捉えていないために余計に意識の混濁を思わせた。

しばらく斉藤を診ていた南部はようやくセイを振り返った。

「神谷さん、よくやりましたね。対処は間違っていないです。強心に鬱金を混ぜましょう。この弱り方は尋常ではない」
「はいっ!」
「これは冬虫夏草ですね?どのくらいありました?」
「ほんの一欠片しか……後は手配を頼んでいますがいつ届くかはわかりません。こちらへと南部先生の所へ届くようにお願いしてます」

薬籠の引き出しから鬱金といくつかの薬を出しながら、南部は土瓶の中のものを揺すって確認した。確かにほんの一回分くらいの量である。

「元々鍛えていらっしゃるので、後はどこまで斉藤先生の体力が持つかですね。神谷さん、しばらくは頑張っていただきますよ」

確かに、どれほどの重病であれ、南部の立場は会津藩医である。ずっとつききりでいられるわけはない。当然のこととしてセイは頷いた。
いつ抜けきるかも人によって違うために、見通しも立たない。とにかく、夜が明けるまでは南部とセイとで付き添うことにした。

 

夜が明けて、南部は手持ちで用意できない分の薬を後で届けてよこすといって帰って行った。吸い飲みを使い、夜中、少しずつ斉藤に薬を飲ませ続けたセイが、少なくなった土瓶に湯を足すために立ち上がりかけたところで、初めて斉藤が聞き取れる何かを口にした。

「……みや……願い……」
「え?斉藤先生?」

一晩中、朦朧とした中で呻き声だけだった斉藤が、ようやく言葉らしきものを発したのだが、どうにも聞き取れずにセイは急いで膝をついた。
手にしていた土瓶をおいて、斉藤の枕元に膝をつくと、斉藤の顔に近寄って、唇の動きを見る。

「斉藤先生?もう一度言ってください」

苦しそうに震える唇がわずかに動く。

「願……い……、やめ……叶え……」
「斉藤先生?!しっかりしてください。兄上!」

意識の混濁が激しいものの、うわ言が出るだけでもいくらかは回復したのだろうか。それ以上は、再び意識が沈み込んでいったらしい斉藤に、セイは急いで部屋を出た。

―― 意識が戻り始めているとしたら、そろそろ禁断症状が出るかもしれない

外はすっかり冷えた空気だというのに、じわりと首元を手で拭うとセイは大きな鉄瓶にたっぷりと水を入れ、土瓶には湯を足した。賄いの中は朝餉の支度でざわついていたものの、セイが入ってきてからぴたりと静かになっている。
皆が斉藤を心配し、セイの様子を伺っていたが、セイはそれに気持ちを向ける余裕はなかった。
急いで小部屋に戻ると、まだ斉藤は眠っているらしく、様子を確認して土瓶を火に乗せると再び部屋を出た。

副長室に向かうと、部屋の前で声をかける。

「おはようございます。神谷です」

声をかけるのとほぼ同時に障子が開かれた。すでに、というより昨夜から休んでいないらしい土方が立っていた。

「どうした」
「刀を置きに参りました」
「なんだ?」

開け放たれた副長室に入ると、セイは腰に差していた脇差を自分の行李にしまった。そして代わりに捕縛用の縄を取り出す。

「うわ言が出るようになりました。そろそろ目が覚めるかもしれません。そうなると、次は禁断症状です。副長、度々で申し訳ありませんが、斉藤先生を蔵に移していただけないでしょうか」
「禁断症状というとどうなる?」
「薬を求めて暴れます。正常な意識は働きません。ですから刀を置いておきます。ひどいようなら縛ってでも耐えていただくよりほかにはありません」
「わかった」

すぐさまそういうと、誰かいないか、と土方は声を上げた。

「斉藤を小部屋から蔵へ運べ。それから火鉢やなんかの必要なものは神谷の指示に従え。それと、総司を呼んで来い」
「はいっ」
「副長?」
「医者がわりとしてお前が必要なのはわかる。だが、お前では斉藤が暴れたときに抑えがきかんだろう」

確かに、危険を減らすために刀を置いたものの、禁断症状に見舞われた者がどれだけ暴れるのかセイとてわかりはしない。改めて、ぞくり、とセイは恐怖を感じた。

―― なぜ、こんな恐ろしい目に

こちらも、夜着ではなく、すでに羽織を纏った総司が現れた。

「呼びましたか?土方さん」
「ああ。お前、この後の巡察は」
「斉藤さんがいない分をやるなら明日の昼ですね。うちは明後日までありません」
「ならば、残りは伍長に必要な指示を与えて任せろ。これから神谷は斎藤とともに蔵に籠める。お前も一緒に入れ」
「……暴れますかね?」

すぐにわけを飲み込んだらしい総司に、セイが首を振った。

「私も中毒患者を目にしたことはございません。それがどの程度のものなのかも人にもよりますし、量にもよるかと思います。一口にこのくらいといえるものではありませんが……、必要であれば縛りつけるしかありません」
「なるほど。それでは確かに神谷さんじゃ力負けしそうですからね」
「総司、刀は置いていけ」
「わかりました。ここに預けて行きますよ」

総司は、副長室に入ると、片隅に刀を立てかけた。穏やかにセイを振り返るとにっこりと総司が笑った。

「さあ、神谷さん。私も手伝わせていただきますよ」

しっかりとその眼を受け止めて、セイは頷いた。

 

 

– 続く –