夢伝 片恋~セイと総司

〜はじめの一言〜
年末の連作に挑戦です。
BGM:土屋アンナ Voice of butterfly
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不思議な、夢を見た。
どこまでも続く長い道。誰も人はおらず、それでも不安はなかった。隣に歩く人の姿さえあれば。
そう思っていたはずだった。俯いていいたわけではないのに、顔を上げ、見上げた先にあるはずの笑顔がなくて、急に不安になった。

―― 沖田先生?

問い掛けた自分の声は暗い闇の中に吸い込まれて音にならずに、微かに喉の奥で空気が揺れただけで終わった。

手に生温かさを感じて、自分の手だというのに持ち上げるのさえ億劫な気がした。視線だけを向けると、ろくに回りさえ見えないほどの暗闇のはずが、自分の手の平だけが異様に赤い。どろりとしたものに塗れていて、驚いたその足もとに、口元から血を流した総司が横たわっていた。

「……っっ!!!」

ひっ、と吸いこんだ喉の奥で上がった悲鳴は再び闇の中に吸い込まれて、セイは心の臓を鷲掴みにされたような恐怖と痛みに全身から冷汗が吹きだして、その場所からばっと離れた。

 

 

「…………えっ……?」

急に水の底から浮上したように、気がつけば床の上に四つん這いに起き上がっていた。あまりに胸が苦しくて、息をするのが辛い。

「…んっ……はっ」

口元を押さえて、ようやく上体を起こすと、セイはそこがいつもの一番隊の隊部屋の中であることを理解した。それから恐る恐る、視線を下げてから近付けて隣に眠るはずの人の姿を捉えようと頭を動かす。
そこには子供のような顔で眠る姿で、枕元に置かれた刀掛も刀も、その傍まで伸ばされた髪も、いつものままだ。

「………は………っ」

肺と頭が呼吸の仕方をようやく思い出して、ちぐはぐに呼吸をしはじめた。このままでは、誰かに気づかれてしまう、と思ったセイはそっと布団から体を引き抜くと、廊下に滑り出る。

月明かりの明るさに部屋の障子に人影が映りこんでしまわないよう、体を低くして這うようにそっと部屋の前から離れた。
どこの隊部屋の前でもないところまできて、濡れ縁の端に座り込んだ。

呆然としすぎて何がなんだかよく覚えていない。ただものすごく恐ろしい夢だったことだけは覚えている。

セイはぼんやりとその場に座り込んでいた。昼間、何日も遅れて大掃除が終わった屯所の中はいつもよりもきれいで、廊下の床が冴え冴えした月を反射している。

あと数日で1年が終わるというのに何をしてるんだろう。昼間、散々皆に指示を飛ばして疲れすぎたから、こんな変な夢を見るのだ。

そう思うと、どこかでほっとした。床の上には、満月をすっぱりと半分斬り落としたような月。

セイは立ち上がると、隊部屋には戻らずに幹部棟の渡り廊下を渡った。奥の部屋は局長や副長室があるが、手前の方には納戸があり、昼間整理したば かりだった。その一つの板戸を開けた。予備の布団類を干してしまっている部屋がある。そこに向かうと、布団の間にごそごそと入り込んで、一番奥の積み上げ た布団の間に場所を作った。崩れないように壁側の布団を背に体を丸めて寄りかかる。

―― お日様の匂いがする

日にあてて日差しの匂いを蓄えたここなら怖い夢も見ずに眠れると思って、セイは気分が落ち着くまではそこで休むことにした。体の上には何も掛けずにいたから、少し肌寒いと思ったがそんなことはどうでもよかった。
どろどろと眠いのにおかしな夢を見たのがいけない。セイは、そのまま目を閉じた。

 

 

なぜか温かくて、セイは体を動かした。

「………?」

何も掛けずに丸くなっていたはずなのに、程良く温かい。布団でも知らずに崩してしまったかと思ったセイは、何かが動いた、と思った。

「隠れ鬼は得意なんですよ。まだお休みなさい」

耳元で優しい声がして、預けた体が眠りやすいように体勢をずらし、腕が包み込む。

―― 沖田先生……?

セイは、それが先ほどとは違って、幸せな夢だと思った。温かくて、優しくて。夢の中の総司に向かって、セイは呟いた。

「おきた……せんせ……そばに………」
「傍にいますよ」
「うれし……」

嬉しそうに笑ったセイは、再び夢の中に戻っていった。

近頃では眠っていても隣の気配にはひどく敏感になっていて、うなされているな、と思っていたら苦しそうに跳ね起きた様子に、目を閉じたまま意識だけは眼を覚ました。
しばらく様子を見ていたら、眠れなくなったのか廊下に出て行った。すぐに追いかけるのもどうかと思ったが、いつまでたっても戻らないので、探しに出ると、納戸の中で眠りこんでいる姿を見つけたのだ。

布団をずらして抱えられるように道を付けた後、眠る姿を見ているうちに寒そうでその場で腕の中に抱え込んだ。小さな体が少しずつ温まって気持ち良さそうに眠る姿を見ていると、穏やかな幸福感に包まれるようだ。

もう少ししたら、夜が明ける前に隊部屋へ連れて帰ろう。ただ、それまではもう少し。

 

 

この腕に、片恋を抱いて。せめて優しい夢を与えられるように。

 

 

– 終 –