花嵐 1

〜はじめの一言〜
おや?タイトルに数字が……・・。。。 はぅ(><、)
BGM:B’z イチブトゼンブ
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屯所に備蓄しておく、薬のいくつかが足りなくなって、セイは自分の空いた時間で薬種問屋に出向いた。いつも買いに行っているので、店主とも親しくなっている。

「こんにちわ」
「これはこれは。神谷はん、ようこそおいでやす」

そう大きな店構えではないが、啓養堂は御所にも出入りを許される老舗である。なまじな町医では扱えぬような薬も用意がある。
手に書き留めてきた不足している薬の書付をそのまま渡して、いつものように用意を頼んだ。医家ではないために、あれこれと多用して調合することは少ない。そのため、それぞれ一服ずつに包んでもらうことが多いのだ。
店には手間をかけるが、新撰組のような場所では、内服するような薬はこうしておかないと手間取ってしまう。

「へぇへぇ。いつものようにでございますな。またお時間かかりますけど、お待ちいただけまっしゃろか?」
「ええ、もちろんです。こちらこそいつもすみません」

店主が、番頭にセイの書いてきた書付を渡すと、奥から手代が茶と菓子を運んできた。
さすがに気配りも行き届いている。

セイが、菓子に手をだそうと手を伸ばした時、お高頭巾姿の武家の女が店に入ってきた。

「すんまへん」
「へぇ、おいでやす」

見るともなしに、セイはその武家の女の姿を眺めていた。身なりからすると、どこぞの藩の妻女らしい風情である。それにしても、武家の妻女が薬種問屋に直々に表れるというのは珍しい。

セイに向かって、人懐こい笑顔で軽く頭を下げると、いくつかの薬を頼んだらしい。女もしばし待たされることになって、セイの傍に腰をおろした。

「お暑うございますね」
「そうですね。今日も随分暑いですね」

麻地の波涛文様がこの暑い日に爽やかである。その装いと頭巾とが不似合いに思えた。セイの目に浮かんだ表情が、そのまま伝わったようで頭巾を取って妻女がセイの方へ向いた。

「お隣を失礼いたします。芸州藩浪人、磯貝甚之介が妻、お尚と申します」
「これは……、ご丁寧に。私は新撰組副長付き、神谷清三郎と申します」

相手から先に名乗られて、セイは慌てて自分も名乗った。女子の側から名乗ることも珍しいのだが、セイの視線のせいだろうか。素直なセイは、それをそのまま口に出してしまった。

「お珍しいですね。その、薬種問屋に貴女のような方が……」
「ええ。父が医師でしたので、今でも真似事をしておりまして」
「そうですか。私も父が医者でしたよ。おかげで私も隊内で医者代りになっています」

思わぬところで同じ医者を父に持つ人に出会って、セイは急に親しみを感じた。そして、初めに感じた違和感を忘れてしまった。
そこに、番頭がセイの分の薬を持って現れたので、話は終わりになった。

支払いを終えて、それでは、と会釈をするとセイは薬種問屋を後にした。

 

「お、神谷おかえりー」

屯所に戻ると、あちこちで声をかけられながら、セイは手に入れた薬を小者に預けて、副長室に向かった。部屋の前から帰隊の挨拶をしようと控えると、副長室には先客がいたらしい。

「そんなわけで、どうも元々江戸詰だった者たちが京に流れ込んでいるようです」

部屋の中の声からすると、監察方の山崎らしい。セイは声をかけるのをやめて、賄い所で茶を入れることにした。山崎であれば、表から副長室に入ったのではないだろう。

茶を入れると再び副長室に戻った。

「副長、神谷です」
「……おう」

返答に一拍の間があった。声をかけてから障子をあけて中を覗くと、予想通り副長と山崎、そして総司がいた。
入れてきた茶はちゃんと三人分ある。それぞれの前に茶を出した。

「神谷はん、どうも~」
「神谷さん、おかえりなさい」

それぞれ山崎と総司から声をかけられたが、セイは用談中を邪魔しないように笑顔だけ返して、部屋を出ようとした。

「あ、神谷さん。大丈夫ですよ、もう話は終わりましたから」
「よろしいんですか?沖田先生」

珍しく引きとめられて、セイは驚いた。いつもは首を突っ込みすぎだと叱られるのに。
山崎がそれに合わせてにやりと笑った。

「もちろんですがな。久しぶりに神谷はんの顔、拝ましてもらってもバチあたりまへんやろ」
「何言ってるんですか。まったくもう!」

明らかにからかわれている。
セイは頬をふくらませているが、その眼は難しい顔をしたままの土方を捉えていた。

どうやら、すぐに何かが動くわけではないにしても、何か土方の気に入らない事態が起こっているらしい。

セイはそのことに気がついたが、あえて表にはださなかった。それが副長付きになってセイが身につけたことの一つでもある。そうでないと、総司にさえ言えないことが溜まって、自分の中に澱のように溜まって行ってしまう。
だから、表に出さないことは自分の中でも、きちんと自覚した上で棚上げしてしまうことにしていた。

「先ほど足りなかった薬を買い足して来たのですが、お揃いでしたら何か買い求めてくればよかったですね」
「おや、ほな啓養堂さんへいかはったんですか?」

なぜか、山崎がセイの行き先が気になったらしい。セイは素直に頷いた。

「南部先生や松本法眼からご紹介いただいてからはずっとお世話になってますよ。いつもご面倒にも小分けにして下さるので助かってます」
「へぇ。そら、神谷はんにお願いされたら啓養堂さんも頷きますやろ」
「また!そうやって山崎さんは私をからかうんですから!!」

そんな話をしていると、ようやく土方が顔を向けた。

「それで俺の方の仕事は溜まってるんだがな?神谷」

じろりと睨まれて、別に遊んで歩いていたわけではないのに、この言い草はないとセイは思う。
セイはむくれそうになったが、山崎や総司の前だけにぐっと堪えた。

「わかってます!これから始めますよ!!」

その姿をみて、山崎と総司は面白そうに笑った。

 

– 続く –