〜はじめの一言〜
セイちゃんは懲りずにまたくりかえすの・・・かなぁ？

BGM：SMAP not alone
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しょんぼりと離れへと戻ったセイは、その場にいると思っていた斉藤も総司の姿もないことにますます不安になった。
まさか、もう雅を処分するためにどこかへ向かったのか、仕掛けをしているのかと思うと、いてもたってもいられない。

先程の話では、結果がどうのと言っていた。ということは何らかの話し合いの結果によって、雅の身柄が危うくなったということだ。

―― 結果って何だろう。雅様はご身分の高い方だってことはわかるけど……

雅の本当の身分も立場もセイは知らない。
だが接していれば、日頃は人を使うことに慣れていること、すべて身の回りのことは誰かがやってくれることに慣れていること、立ち居振る舞いのすべてから、高位な方だということが感じられる。

その立場が危うくなってのことなのか、立場故に身が危うくなったのかもわからない。

「ああもう！大人しく待ってなんていられないっ」

どうすればいいだろう。どうすれば雅を手助けできるだろう。
でもそれは隊命に従わないということになってしまう。

考えても考えても答えが出ない問いに、セイはぐるぐると部屋の中を歩き回った。これまでも、坂本のように関わった人が悲しむ姿は耐えがたい。それでも咎人であればまだましで、雅の場合は雅自身に何かあっての事ではないはずだ。
それを思えばどうにかしたくなるのは人情である。

逃がすのか、そうでなければどうすれば雅を生き延びさせられるのか。

ただひたすら、このいつ終わるのかわからない時間をぐるぐると考えることに費やしていた。

月隠の間へ戻ってきた近藤と土方は疲れ切った様子で腰を下ろした。

「いかがでした？」
「うむ。思いのほか冷静に受け止められたよ」

総司の問いかけに、なぜか朗らかに近藤が答える。
ちらりと総司は斉藤へ視線を向けた。これと言ってその表情に変化は見られないものの、驚くわけでもなく落ち着いて見える。

多少の苦虫は味わってきたらしい土方が総司と斉藤に向かって雅の要望を口にした。

「なんでもあの婆様、この世の名残に明日一日、祇園で座敷遊びをしてから、馴染みの尼寺の近くの木立の中で人知れず、ってのがご希望だそうだ。年寄りの最後の頼みでもあることだし、ご要望どおり、一日名残を惜しませてやることにした」
「なるほど。明日一日、お供をした上でということですか」
「そうだ。処遇の報告は髪の一房をお届けするということで話がついている」

斉藤が頷き、懐から京の地図を取り出した。松月がある場所と祇園、そして尼寺の位置関係を示す。

「確認しますが、方法の如何についても隊に一任されているのですな？」
「そうだ。そこには口出しをさせないとの確約を貰ってある」
「なるほど」

頷いた斉藤に続いて、総司が土方にいくつかを確認すると、後は斉藤と総司に任せると言って近藤達は帰っていった。
斉藤と総司も一度、自分達の離れへと戻ることにして、月隠の間を後にする。

「斉藤さん」
「なんだ」
「どうします？」
「どうもこうもないだろう」
「本当にそう思ってます？」

掛け合うような会話に斉藤が振り返った。

「つまりはそういうことなんだろう？俺は何も知らん」

言うだけ言うと、すたすたと踵を返して歩き出す。くすっと笑った総司は待ってくださいよぅ、と言って斉藤の後を追った。

離れの部屋の中では、ぐるぐると歩き回ることに疲れたセイがぺたんと座り込んでいる。がらりと開いた襖にはっと顔を上げたセイは、斉藤と総司の顔を見た。

「斉藤先生、沖田先生！」
「お前も聞いたと思うが、明日、一日雅様は祇園でお遊びいただいた後、縁の尼寺の近くで我々が処遇を決めることになった」
「処遇を決めるって……」
「言葉のとおりだ。お前はそれまで変わらずに雅様につけ」

斉藤の反論を許さない言葉に、セイは口の中で何度も繰り返す。無理を言って連れてきてもらった特命なのに、こんなことで命令に逆らうなど許されないことはわかっている。
それでも、ただ頷くことがセイにはできなかった。

「沖田先生！そんな、雅様が何かされたんでしょうか？ただ、お立場とかそんなんじゃ……」
「神谷さん！今の貴女の仕事は何です？雅様の背景を詮索することですか？無理をいって組長格ではない貴女を伴ってきているのは何のためだと思ってるんですか？」
「でもっ、そんな、先生方が雅様を手にかけるなんてっ！！」
「神谷さん。話は終わりです。今日はいつものように五つ半まで雅様のお傍で務めるように」

反論は許さないという口調で総司にぴしゃりといわれたセイは、はい、と小さくうな垂れて答えた。のろのろと立ち上がり、セイは雅のいる離れへと向かう。

そういえば、雅に聞かれたことがあった。
人を殺したことがあるかと。
ある、と答えたセイに、雅はそれでもまだ、と言っていた。総司や斉藤とは違うと。

あれは、こうなることを予見していたのだろうか。
そして、そのときにはセイにではなく、総司や斉藤にと思っていたのだろうか。

ぼろっと浮かんできた涙を急いでセイは拭った。目が赤くなれば、雅も斉藤達もすぐに気づいてしまう。離れの入り口で深呼吸したセイは、何事もなかったように明るい声を出した。

「失礼します」

脇息にもたれることもなく、雅はぴんと伸ばした背筋で座っていた。セイの声を聞いて顔を向けた雅が悪戯っぽい顔で片目をつぶってみせる。

「たっぷり絞られたんじゃなくて？清三郎」
「あ、はい。すみません。お見苦しいところをお見せして」
「いいえ。あなたは真っ直ぐでいい子ね。そして清三郎の周りの皆さんも良い方ばかりだわ」

部屋に入ったセイが、まずは雅の傍に寄って先程の非礼を詫びた。そんなセイに雅はにこりと微笑む。セイは、雅に対して何と言っていいのかわからなかった。慰めれば良いのか、詫びればいいのか。

頭を下げて茶の道具を片付け始めたセイに、ポツリと雅が独り言を呟いた。

「清三郎は清風を覚えているわね。あの人が出家したとき、二人で語り合ったのですよ。御仏に仕えるのも、人に仕えるのもそう大きく変わりはないのだと。私は今も変わらず、そう思っているのですよ」

夕暮れの庭を眺める雅の黒い瞳がきらきらと薄暗い部屋の中で輝いて見えた。その目から、生気も力も失われてはおらず、誰にも揺るがすことのできない姿にセイはあることを考えていた。

―― たとえ、後で罰を受けることになっても……

こくりと息を飲み込んだセイは、部屋の中を整えて灯りの支度をしながら、さり気なく、雅の身の回りの荷物を確認し始めた。ここ数日、雅の世話をしていただけにどんなものがどこにあるのかはなんとなくわかっている。

–　続き　–