霧に浮かぶ影 12

〜はじめのひとこと〜

BGM:帝国の逆襲のテーマ
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三番隊と一番隊の両方に声をかけた斉藤は、すぐに出ると告げた。

「藤堂さんが先に出ているが、急ぐぞ。三人一組、必ず一人を俺に報告に走らせろ」
「わかりましたが、斉藤先生。何があったんですか?」

一番隊も心配そうな顔をしているが、ここは斉藤の部下のほうが先に口を開いた。頷いた斉藤は、手短に藤堂とセイが町人をかばって襲われたこと、藤堂とははぐれてしまい、今も逃げ回ってる可能性があることを話した。

「神谷がですか?!」

驚きについ問いかけてしまった山口は、すぐにすみません、と言って頭を下げたが顔にはありありと出ている。
セイが逃げ回るなどあり得ないと。

斉藤はそれを読み取って、淡々と告げた。

「神谷は今、藤堂さんに言われて富士屋のしのぶを連れているらしい。その身を守るほうが先だからだろう」
「富士屋のしのぶ?!って斉藤先生のお相手の雪弥と張るあの?!」

こんな事態でも枕詞に雪弥の名前が出てくるとは思わなかった斉藤は、ごほっとわざとらしい咳払いをすると、気まずそうに誤解を正した。

「雪弥は俺の相手ではないが、そのしのぶらしいな。売れっ子だそうだ」

隊士達の間にもざわざわと、なぜそんなことに、という疑問が広がっていったが、今は時間が惜しかった。すぐに階段下へ集合、と号令をかけると、それぞれが身支度にかかった。

外出から帰ったばかりの斉藤は、そのまま大階段へと向かいながら、眉を顰めていた。逆に一人で敵に立ち向かっていない分、連れがいることはよいのだが、それにしてもどうしてこう、なんにでも巻き込まれていくのだろうか。

門脇の隊士に篝火を焚くように言いつけると、総司が戻った時に、まだ自分たちが戻っていなければすぐ副長室へ向かうようにと伝言を託した。

「斉藤先生」

一番隊と三番隊の隊士達がそろって斉藤の後ろに並んでいるのを見ると、すぐ組を分けてどこを回るのか指示を出した。
自分のまわる場所を伝えると、慌ただしく隊士達を引き連れて出て行った。

屯所にぶつかる道は何本もあるが、この際、門の傍に出られる道を選ぶのが最善だろう。斉藤はそうあたりをつけると、隊士二人をつけて、走り出した。

夜目にも月明かりで人影は思いのほかはっきり見える。途中で走り抜ける人影を見かけると、すぐさまその影を捕まえた。。

「藤堂さん!」
「斉藤さん!来てくれたんだ。ごめん!本当に、俺がしくじっちゃったから」
「今はそんなことを言っても仕方がないだろう。どうだ?いないのか」
「うん。俺は、こう屯所の周りを円を描くように回ってるんだけど、今のところ駄目だね。きっと隠れてるんだと思うけど」

いっそ隠れて、どこかの茶屋にでも上がっていてくれたほうがどれほど安全かわからなかったが、セイがそんなことを考えないことも想像に容易い。二人は顔を見合わせると、再びセイ達を探して走り出した。

 

 

荒れ寺から屯所に向かって進みだしたセイとしのぶは途中で、何度か人影をやり過ごしてから、じわじわと近づくことに成功していた。もう少し行けばまっすぐに屯所の門の傍に出る。一つ分、寺側の門の目の前になるが、そのくらいは仕方がない。

「やっとここまで来た。あと、もう少しだよ」
「そうなの?」

二人が小声で交わしたところで、町屋の通り庭から通りに出た。具合の悪いことはそんなもので、あたりを見回っていた浪人らしき者がその姿を認めた。

ひゅいっ、と短い口笛がなったと思ったら、すぐ近くにいた浪人達が駆け寄ってくる。もうあと僅かだというのにと思ってももう遅い。

「いたぞ!手間かけさせやがって!!」

聞こえてくる怒声にはっとしたセイは、引き返そうとしたが戻れば今度は抜けてきた町屋にも迷惑がかかる。思い直して、しのぶを背に身構えた。背中に震えるしのぶの気配が伝わってくる。

「くそ、あと少しなのに!」
「残念だったな!お前らを生かしておいたら困るんだってよ!」

敵方と言っても、セイ達は知らなかったが夕刻、日が沈むと同時にセイ達を捜索する面子はがらりと変わっていた。町人や、件の男達ではなく、今は金で雇われた浪人達が目の前に顔を並べている。
セイとしのぶを見つけるところまでは奴ら本人達が加わっていたらしいが、実際に始末をつけるのは浪人達ということらしい。

すでに生かして捕える気などなくなったことの表れでもある。

戦う時に相手の腕を推し量るのは当然だったが、セイからすると相手は一番隊の隊士達と引けを取らない程度と思われた。それが十名近くいる。どう見ても明らかに不利に思えた。
身構えたセイを囲む男達に向かって、すうっと息を吸い込むと、ありきたりだが相手の動揺を誘う言葉を口にする。

「お前らは金で雇われたんだろう?どうせ、私達を斬り殺しても金をもらいに戻ったら次はお前らだぞ」
「ふん、恐ろしくなったか。若造が」
「事実だろう?こんな真似をする奴らがまっとうに金なんか払うもんか」

まともにぶつかっても一人二人ならまだしも、これだけの人数である。腰の柄に手を触れる寸前で止めたセイを、若造が強がっていると見た男達はこれだけの人数をかけるまでもなく、始末をつけられると思っていた。
セイの目の前にいた数人だけが刀を抜くと、のっそりと近づいてくる。

セイは、しのぶをたった今抜けてきた町屋の外塀に押し付けてから、利き足軸に一歩踏み出した。

「はぁっ!!」

気合の声と共に、一息に引き抜いた刀を抜き打ちに真横に払った。思いがけないほど鋭い刃風に刀を下げて近づいて来ていた男達が、一斉に構えを取りながら間合いを広げる。

「若造のくせに生意気な剣を使う」
「生意気は余計だ」
「ふん、その姿形じゃ、てっきり新撰組のお稚児さんかと思ったがそうではないようだな」

わざとだとは分かっている。セイを怒らせて、動揺させようとしているとわかっていても、悔しさに唇を噛み締めた。
だからこそ、余計に勝ちたくなる。

―― こんな奴らになんかやられてたまるか!

胸の内で、拳を握りしめたセイは居並ぶ男達の実力を測りながら、まっすぐ正面に向かうと見せて一番右手のまだ刀を抜いていなかった男の膝下へと斬りつけた。
相手の余裕と驕りにつけ込んで、まだ刀を抜いてさえいない者達を狙うのは思いの外効果があった。

「ぎゃぁっ!」

大きな声を上げた男の左足は脛から下をセイの一刀によって斬り落とされていた。
腕が短いために、間合いを取って斬りつけた刀は切っ先に近い、最も斬れる部分より少し先に、たった今、斬りおとした男の足からついた血と脂がついている。

それでもまだ数の余裕があるからか、男達はさしたる動揺も見せず、転がった男を笑った。

「馬鹿が。この程度の若造にやられやがって」
「まったくだ。だが、この若いのの腕もまあまあってことで褒めてやろうぜ」

どっと上がった笑い声は、逆にセイをほっとさせた。セイが動くのと同時に、一斉に飛び掛かられていたら、太刀打ちなどできなかったが、男達はもともと金で雇われた者の集まりで互いに仲間意識もなければ、助け合うこともない。

「うるせぇし邪魔だな」

斬られた男の隣にいた男が刀を抜くと地面に転がっていた男の背中からずぶりと刀を突き立てた。

 

– 続く –