霧に浮かぶ影 7

〜はじめのひとこと〜
時々、せいちゃんって、単純すぎるだろ!お前!と突っ込みたくなります

BGM:Shimauta 樹里からん
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「うわー……」

藤堂の代わりに直接的な言葉を口にしたのはしのぶだった。明らかにその声にこもった非難の響きにセイがくるっと振り返る。

「なんだよっ」
「だってさ、今ここでそれ、名乗るべきかどうか、俺だって考えるけど?」

―― だから俺もあの人もアンタの名前、はっきり呼んでなかったじゃん

確かに、今の藤堂のため息に乗せた囁きも小さく、はっきりと聞こえるようにはセイを呼んでいない。そして、しのぶも“アンタ”と呼び、セイのことを神谷とは呼んでいない。

「え?駄目だった?」
「……馬鹿?」

藤堂としのぶが言うことが理解できないセイに、思わず呆れた心情が口から飛び出した。かっ、としたセイが言い返そうと口を開いたところに男の怒声が割り込んだ。

「き、貴様ら!いつまで何をごちゃごちゃと!お前が新撰組だというならお前は新撰組の間者だったのか!?」

ぶるぶると怒り狂った男の指がびしっとセイを指してから、次はしのぶを指した。全くの誤解であるが、相手にとってはそれが最も納得する状況だったのだろう。

刀を抜いていた者たちが一斉に構えを変えた。そんなことはあるはずもない、と言いそうになってぐっとセイは腹に力を入れた。そんな話が通じる相手ならこんなめちゃくちゃな真似をするはずがない。

屯所へはまだ一町以上離れている。仕方なく、藤堂は自分が相手をひきつけることに腹を決めた。

「八番隊組長、藤堂平助。この額の傷、不逞浪士のくせに知らないのはもぐりじゃないの?」

飄々とした藤堂の名乗りに、一斉に男達の眼は藤堂へと向かった。魁先生の異名は伊達ではない。ゆっくりと羽織の裾を払った藤堂が刀の柄に手をかけた。

「貴様が藤堂平助か」
「よかった。俺もそこそこ有名なんだ?」

にこっと相変わらず人懐こい笑みを浮かべた藤堂は、すたすたと歩いて間に立っていた男に向かってすいっと腕を動かした気がした。

「うわぁぁぁ!!」

一振りは男の構えた二の腕を切り裂いており、刀を取り落した男が地面に転がりながら、斬られた腕を押さえている。その男がたった今までたっていた場所に、身を翻して滑り込んだ藤堂は、すぐにセイに背を向けて刀を構えた。
浪人は中心の男を含めて後四人おり、そのほかに荒んだ身のこなしの町人がいる。

「ここは任せていいから。先に行って!」
「そんな!藤堂先生、私も戦います!」
「いいから!!」

下がれと言われても素直に聞くセイではない。藤堂と二人がかりでしのぶを背にかばうように立つと、刀を構えなおした。
ちっと舌打ちをした藤堂は、懐に片手を入れるとすぐに例の矢立を手にしてそれをしのぶの懐に押し込んだ。まだセイよりも話が通じると思ったのだろう。
そのまま、ぐいっと帯をひっぱるとセイに押し付けるようにしてもう一度、繰り返す。

「この子のこと、頼んだよ!」
「藤堂先生!」

楽しそうな顔で、ひらりと羽織の裾をはためかせたと思うと、藤堂は男達の間へと踏み込んだ。
セイはその後をについて踏み出すと、一人がセイに向かって刀を向けてきた。はっと、しのぶを背にかばいながら、セイは横に薙ぎ払うようにして相手の刀を止めると、すぐ腰を落として屈んだ足元から男のひざ下に向けて斬りつけた。

小柄なセイが力で押し合っても敵わないために、身に着けた動きである。

相手が膝を抱えて転がると、しのぶがセイの袖を引っ張って、逃げ道が開いたとばかりに走りだした。引きずられたセイは刀を握ったまま、数歩走ってからしのぶの腕を振り払って何とか立ち止まる。

「おい!何するんだよ!藤堂先生が」
「行くんだよ!俺がいたらあの人だって心置きなく戦えないだろ?!あんた、俺のこと守ってくれるんじゃないのかよ!」

怒鳴り合う二人に気づいて、一人がこちらへ向かってこようと踵を返すと、藤堂にその背中を斬りつけられた。焦れたようなしのぶに、セイは両方を見比べてから仕方がないと、刀を振って収めると、しのぶとともに走り出した。

「おい!待て!!」

藤堂によってセイ達とは反対側に押されていた男達が、走り去っていくしのぶとセイの姿に怒鳴った。だがその目の前に藤堂が顔の脇に刀を構えてにっこりと笑った。町人二人を混ぜても残りは四人である。

「あの子らより俺の相手、してくれるかなぁ?」
「くっ……」

もうすでに敵方の半数が地面に転がっていることになる。そして斬り合いの様子に大通りからも何事かと人々が顔を覗かせ始めていた。

「くっそうっ!今、ここで捕まるわけにはっ」

逃げを決め込もうとした男を前に藤堂は逃がすつもりなど全くなかった。よくはわからないが何かの企みが進んでいることは確かで、しのぶが手に入れたあれはその重要な鍵になる何かなのだろう。
それを知るにもこの男達を捕らえて吐かせるのか一番早い。

だからこそ、面倒だと思ったが、致命傷にならないよう、なるべく手足の腱を狙って斬った。背中に向けて斬りつけた男も、わざと浅手に加減している。

「是非、そのへんの話、詳しく屯所で聞かせてほしいなぁ」
「ふざけるな!!」

いつまでたってものほほんと話しかける藤堂に男が刀を振り下ろしたが、それはあっさりと空を切る。敵の数に対して一人なのに、藤堂は決して逃げられないように退路を断つ動きをする。格の違いを見せつけられた男達の顔色がどんどん悪くなっていく。

決して背後を気にしていなかったわけではないが、相手の数と、セイ達を思えば少しばかり焦っていたかもしれない。背中を切りつけられて、地面に転がっていた男が刀を投げ捨てて背後から藤堂に組み付いた。

「いまだ!逃げろ!」
「うわっ!!くそっ」

すぐに振り払おうとした藤堂を必死で抑え込んでいる間に、男達は我先にと走り出した。頭と思われた男も、すまん!と叫んで、脱兎のごとく走り出していってしまった。

かたや、命がけの力は簡単に振り払うことはできなくて、藤堂は男たちを追いかけることを諦めると、背後に取りついた男に、思い切り刀の柄の部分を叩き込んだ。

「ぐはぁっ!!」

脇腹から肋骨の下のあたりを強打されて、藤堂を抑えていた力が緩んだ。そのままずるずると沈み込む男を鬱陶しそうに足で蹴り払うと、周囲を見渡した。
最後に一人、町人の足首を狙っておいたので、浪士三人、町人一人が残り、逃げたのは頭の男と浪人二人ということになる。

「うわぁ……。参ったな。土方さんに怒鳴られちゃうよ」

ぼそりとつぶやいた藤堂は、懐紙で拭った刀を収めると遠巻きに様子を見ていた町人達の方へと向かって、番屋にひとっ走り知らせてくれるように言った。

どこかの職人らしい男が頷いて、すぐに走り去っていく。

「神谷達は、無事に屯所までたどり着けるかなぁ」

藤堂の胸には不安が広がっていた。襲ってきた連中には町人が混じっていたし、どれだけ巻いてこようとしても、ぴったりと不穏な気配は くっついてきていた。今ほど襲いかかってきた連中よりももっと多くの人間が動いているとしたら、セイ達も無事に屯所までたどり着けるとは限らなくなる。

「早くしてくれるかなぁ!」

苛立った藤堂が周囲に向けて怒鳴りつけながら、とにかく町方から人手が駆けつけてくるのを待った。

 

– 続く –