大人のシルシ 1

〜はじめの一言〜
随分前に黒の拍手で途中まで書いていたお話です。最後までいってないのって連載中以外は少ないので。
これは随分前の浮之助さんの目の前で閨事をして見せろと言われた時のお話です。

BGM:
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「神谷!」
「はいっ」

大声で呼ばれたセイが副長室に駆けつけた。角を曲がって顔を見せると、すでに廊下に足を踏み出した土方が文を持って立っていた。
いくらなんでも、どこから駆けつけてくるかわからないのに、と思いながらもそんな呆れを飲み込んで土方の目の前に立つ。

「お待たせしました。なんでしょう」
「おう。これを頼む」

宛名書きを見せて文を差し出した土方が、部屋の中へと体の向きを変えると、その奥に総司が座っているのがセイの目に入った。反射的に、ぶわっと真っ赤になると承知しました!、と叫んで現れた時以上に全力で駆け出していく。
ばたばたと走り去っていったセイを怪訝そうに見送った土方は、首を捻って部屋に戻る。

「なんだ?あいつ……。……っ!!」

土方が振り返ると、そこにも同じくらい真っ赤になった総司がひどく居心地悪そうにもじもじと膝の上に目を落としていた。

「……なんだお前」

ぞくっと寒気を感じた土方にぼそっと俯いたままの総司が呟いた。

「だって……」
「だってなんなんだーっ!!」

顔中どころか、ぷつぷつとじんましんの出始めた土方が怯えた顔を向けると、赤いのを通り越してどす黒くなった総司が、がばっと立ち上がると顔を押さえてそのまま駆け出して行った。

「やめろ~~っ!!」

気色の悪さに耐えられなくなった土方がその後ろ姿に絶叫する声が響き渡った。

土方の怒声を背にして、とにかく人気のない場所を求めて中庭に走り込んだ総司は、木の幹に寄り掛かった。

「はぁ。もう、本当になんであんなことを……」
「……ほう。このところ様子がおかしいと思っていたが、あれに何をしたのか聞かせてもらおうか」

がさっと頭の上から声がして、ぎょっとした総司が顔を上げると頭上の木の枝に斉藤が座っていた。

「斉藤さん!!」
「そんな顔をするようないかがわしいことをしたわけではないだろうな」

気を抜いていたところに振ってきた声に叫んだ総司は、じろりと上から穴が開きそうなほど鋭い視線が落ちてきて、あたふたと手を動かした。

「だっ、何もっ……ない、ですよっ」

いかにも怪しんでくださいと言わんばかりの態度に斉藤のこめかみがぶちぶちっと不穏な音を立てた。

「ナンダッ!! 貴様、公の御前であれに何をしたんだっ!!」

先日の浮之助との一件は言わずものがなの重要機密事項になっているはずなのだが、他に人目もないことで頭に血が上った斉藤はポロリと漏らしてしまう。
三角になった目を吊り上げて斉藤が叫ぶと、ぼぼっと赤くなった顔を押さえて総司が叫び返した。

「もうっ!! そ、そんなこといえるわけないじゃないですかっ!! 斉藤さんったらっ!!」

大の男が恥じらう姿に、木の上でぷるぷると拳を握りしめて震える男が一人。
浮之助、もとい、慶喜の前からセイを奪還したのは一昨日の事だ。
どういう経緯かは知らないが、斉藤が特命を受けて慶喜を探している間に、なぜか貸座敷で三人だけという事態になっていた。
総司とセイが慶喜と面識があることはわかっていたが、何がどうなったのかさっぱりわからない。
とにかく、面倒事には関わり合いになりたくなかったが、相手が相手でもある。一計を案じた斉藤は、貸座敷の床下に忍び込んだ。

単なる昔語りであればと思ったのだが、セイの貞操の危機に舌打ちをしそうになった斉藤は、大刀を抜いてわざと殺気を向けると思い切り突き立てたのだ。

それをきっかけにうまく慶喜を引き離し、無事に若州屋敷まで送り届けることに成功したのだがその後の事を問いかけても納得いく答えを引き出せずにいる。

足元に頭を抱えて蹲っている男の態度がおかしいことと、まるで逃げ回るようなセイの様子に不審に思って幾度も、総司を問いただそうとしたのだ。

「何があったんだ?! 沖田さん」
「なにがって、その……。色々と浮之助さんから質問をされて、それにお応えしていただけですよ。ほかには何も……」

何度聞いても、ひどく歯切れの悪い総司に苛々しながらも、まさかセイを問いただすわけにもいかず、悶々としていたのだ。今日こそは聞き出さずにはいられるか、と身軽に斉藤は木の上から飛び降りた。

「もう我慢ならん。今日こそ覚悟してもらうぞ!」

すたっと地面に飛び降りた斉藤は、目の前で頭を抱えている総司に向かってじろりと鋭い目を向けた。
ずっと奥歯に物がはさまったような説明でなんとか誤魔化してきたが、ついうっかりと言えるわけがない、と漏らしたのは総司である。そんな自分に、脂汗をかきながら片手を地面につくと、総司は一瞬で身を翻した。

「すみません!言えません~!!」
「沖田~!!」
「勘弁してください~!!」

背中に流れる冷や汗を感じながら、全力で駆け出した総司の後を追って、斉藤も走り出す。総司はまだしも斉藤のそんな姿を目にしたことなどまずない。
駆け抜けていく組長二人の姿を見て、百戦錬磨の隊士達も目を剥いて驚いている。

「……」
「……あれ、は」

目の前をぶんっ、と風を切る音がしそうな勢いで走り去っていく総司と、それをすごい形相で追いかけていく斉藤に顔を振った隊士達は、突風のごとき二人が走り去った後、互いに顔を見合わせた。

「……俺達。何も見てないよな?」
「……たぶん」

どどどっと走り去る足音が屯所の中に響き渡っていく中、ごくごくたまに発生する、『みてはいけない何か』を隊士達は沈黙と共になかったことにしてしまった。

 

 

「はぁぁぁ」

斉藤を振り切った総司は屯所から逃げ出してとぼとぼと歩いていた。
まさに、地獄の鬼も裸足で逃げ出すような顔の斉藤に追い掛け回されれば、何もしていなくとも疲れてしまう。ましてや、とても口には出せないならなおさらだ。

よく足を向ける茶屋の店先に腰を下ろして、茶と饅頭を頼んだ。この店はうまい酒饅頭を出すので気に入っている店の一つである。
ずずぅと珍しく音をたてて茶をすすりこむ。

「何をしたって……、言えるわけないじゃないですか」

周りには誰もいないと思うとぼやきの一つも飛び出してくる。薄らと頬を染めて総司は半眼を閉じた。

 

 

– 続く –