不器用な蜜柑 1

〜はじめの一言〜
だんだん、同じことが繰り返されるとどちらも素直になれなくなるという・・・

BGM:
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「うう、腕が痛い」

稽古のしすぎですっかり手のひらを倦ませてしまったセイは、斉藤に手当てしてもらったものの、今度はずきずきと痛みを感じるようになった。
手当てする前は、痛いものは痛いがよほど気にせずにいられた気がする。

こうして包帯を巻かれて、ちゃんとするように言われると、かえってずきずきと痛みを意識してしまう。

「そうだ。おやつに食べようと思ってとっておいた蜜柑があったはず!」

せめて気を紛らわせようとセイは、隊部屋に取りに向かった。最近は、賄に預けるか、隊部屋の棚の奥にでも隠しておかないと、誰かに食べられてしまうことが多いのだ。

その犯人はもっぱら総司だと知れてはいたが、まさか今日は散々セイを叱った後で、勝手におやつを食べたりはしないだろうと思う。

今、この手で蜜柑の皮なぞ、剥いたらさぞや染みるのだろうが仕方がない。それよりはおいしい蜜柑というほうが気がまぎれる。
そう思って廊下を急いで向かうと、開け放たれた障子の向こうに隊部屋の中が見えた。

「あ……、おき」
「大丈夫ですよ。神谷さんもあのくらい叱っておいたら少しは大人しくなりますって」

そんな声が聞こえてきてセイはぴたりと廊下で足を止めた。隊部屋の中からは数人の隊士と総司の話し声がする。

「でも、先生。神谷はあれで強くなろう、先生のお傍にいられるように、頑張ろうとしてるのは認めてやってください」
「まあ、それは……。でも、神谷さんの場合は器用貧乏っていうか、貧乏不器用っていうか、融通が利かないっていうか。仕方ないですね。放っておけば身に染みますよ」

思いのほか冷静というか、厳しい物言いに聞いていた隊士達がむっとする。
そこまで言わなくても、と思うのだ。だが、今回は、というか、何度目かの出来事に総司も慣れていると言えばいいのか、呆れていると言えばいいのか、いい加減どうにかしなければと思っている。

「お、ここに蜜柑がある」
「あ、それは神谷の……」
「誰のか知りませんけど、たくさんしゃべったら喉が渇いちゃいましたよ。いただきまーす」

目ざとく少しだけ開いていた棚の中にあった蜜柑を見つけると、隊士達が止める間もなく、ささっと剥いて、ぽいぽいっと総司の口の中に蜜柑が消えていく。三つほどあった蜜柑は、あっという間に皮だけになった。

「あはは、こうやって重ねると一個の蜜柑みたいですねぇ」

いたずら心を起こした総司が皮を重ねて、大きくきれいに剥いた皮を外側にしてくるみこんだ。確かに表を返せば一見、普通の蜜柑に見えなくもない。

「沖田先生、それを置いておくつもりですか?」

呆れかえった声がして、しばらくすると小さな棚の戸をすーっと閉めた音がする。

「えへへ。きっとだまされますよー」

すっかり悪戯で機嫌をよくした総司が楽しそうに笑っているところに、ふるふると震えながらセイがゆっくりと障子の影から半身だけ姿をのぞかせた。

ぎくっと、セイに気づいた隊士達の顔がこわばる中、背を向けている総司はなかなか気づかなかった。

「……最後の私の蜜柑」
「おや?なぁんだ。あれは神谷さんのだったんですか。まだ一個残ってますよ」

にやにやと、たったいま閉めたばかりの棚を指さすと総司は鼻歌を歌いながら隊部屋を出て行った。涙を浮かべながら拳を握りしめたセイは、口をへの字にしてくるりと向きを変えた。

「お、おい!神谷!」
「待てよ!」

じわぁと浮かんできた涙に、セイはだだっと隊部屋を飛び出して走り去った。

「うえぇぇぇん」

中庭の井戸端まで駆けてきて、しゃがみ込んだセイは顔を膝に押し付けるようにして泣き出した。

手も痛い。
叱られた。
なけなしの気分転換を勝手に食べられた!

あれもこれもが重なって、気持ちが渦を巻いて溢れ出してしまった。
男ならばわーっと憂さ晴らしに酒でも飲めば気が晴れるのかもしれないが、それができないセイにとって逃げ場も何もない状態はひどく堪えた。

泣くだけ泣いて、涙がある程度収まると、セイは顔を洗ってから一人、とぼとぼと重い足を引きずるように屯所から出て行った。

一方、隊部屋の中は声高に騒ぐ隊士達で一杯だった。いつも不可解な行動が多い総司だが、今日ばかりはあまりにひどい、と隊部屋の中に憤慨する声が上がる。

「確かに、置いてありゃいつも神谷の分は先生が食べることもあるけどよ!今日のはひどすぎやしねぇか?!」
「そうだよ。あれじゃ、いくらなんでも神谷がかわいそうじゃねぇか!」

次々と総司への不満を言い立てていた隊士達は、どうにも我慢ができないと言い続けていた。ふと、棚に総司が悪戯で残した蜜柑の皮がぽつんと置いてあるのを見た小川が、腹立ちまぎれにそれを掴んだ。

「ん?!」

手にした感触に小川が驚いた声を上げた。

「なんだ?」
「どうしたんだ?」

柔らかい蜜柑の皮が重なっているだけのはずが妙に固い感触で、小川は手にした蜜柑の皮を広げた。一番内側に、傷につける軟膏がくるみこまれていた。
手のひらにそれを広げた小川を見て、その場にいた隊士たちは皆むっつりと不満の声を飲み込んだ。

「……並みじゃないのはいつものことだけど……」
「……不器用にもほどがあるだろ」

しん、と静まった隊部屋の中には呆れとどう言えば言いのかわからない空気が広がった。
素直に心配しているのだと、言えばよいのに、蜜柑などにかこつけてこんな真似をするからセイを余計に泣かせる羽目になる。
出てきた軟膏の分だけは総司への腹立ちが紛れたものの、皆、やはり釈然としなかった。

それから、互いに気まずい視線を交わしながら、それぞれがそれぞれの思いつく限りのことを始めた。

 

 

– 続く –