誇りの色 1

〜はじめの一言〜
真面目な先生もたまにはいいですよね

BGM:
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「やはり大人数の巡察では近頃の警戒ぶりにはうまくないな」

巡察の報告を聞いていた土方が、難しい顔をしてため息をついた。
新撰組の巡察は隊列を組んで市中を巡回する。時刻も決まっているし、ある程度順路も定めている。それがよくもあれば悪くもある。

このところは少人数の不逞者達が、市中に隠れていて、巧みに巡察の目を潜り抜けるようになってきた。

「まあ、仕方がないですねぇ」

―― ウチの人たちは、そこそこ顔が知れちゃってますからね

そういうと、総司ははらりと各隊の隊士名簿を広げた。もともと、市中に潜伏している者達は監察方の洗い出しがなければ捕えることが難しい。巡察の意味合いは、彼らの存在を見せることで事を起こそうとする者達への警告が主なのだ。

新聞やテレビがないこの時代ではあっても、大店や隊が世話になる店屋は幅広く、また花街などではつけになることも多く、彼らの一人一人の顔が知られている場合も多くなってきた。

そんなこんなが重なり、ここしばらく取り締まりが低下していることと反比例して、巡察や彼らの目を逃れた者達が大小の事を起こすことが増えてきている。

「仕方がないな。やはりあれをやってみるか」
「しばらくの間はそれも致し方ないでしょう」

土方と総司の間で何やら話がまとまっているだけでは何を彼らが始める気なのか全くわからないだろう。
実は、巡察とは別に、二、三人に分けた少人数での巡察を試みるつもりなのだった。一隊ではなく、少人数にすることで不審者の洗い出しを行い、極力その場では捕縛せずに相手を泳がせるのだ。

「後をつけることは極力避けさせろ。ほとんどの奴らにはそんな真似は出来ねぇからな。かえって巣穴を分からなくしかねん」
「そうですね。不審者の目撃は少人数なら声をかけ、相手方の人数が多ければ、目撃場所をすぐ、屯所に戻り報告ですね」

最大規模と言われる隊士の人数は二百名近い。その中でも各隊に所属し、巡察に回る者達だけでも半数以上いる。それを少人数に分割することは並大抵の面倒ではなかった。
皆、新撰組の隊士として鍛えていても、腕が未熟な者はやはりいる。そう言った者達を除き、腕の立つものだけに絞り込み、編成を考えるだけでも数日かかる。

無駄になっても試してみる価値はあると、ここ数日でその編成を作り上げた土方は、渋い顔で頷いた。

「ざっとこんな感じだ。腕の立つものと組長をそれぞれ組み合わせてる」
「ふうん。……」
「神谷の相棒はお前じゃねえぞ」

組み合わせ表を見ていた総司の手が止まる。それがどこで止まったのか、見るまでもない。しれっと巡察の報告書をめくりながら土方がそういうと、ひく、と頬をひきつらせた総司は無理矢理、顔を上げた。

「べ、別にそんなことは仕事ですから当たり前ですよ」
「そうだな。仕事だからな」

ぱしっと閉じた報告書を総司の方へと押しやると、その手に握られた編成表を取り返す。

「さっさとこいつを張り出してこい」
「わかりました」

精一杯、平静を装って総司は報告と共に大部屋へと編成表を張り出しに向かった。かさ、と広げると編成表の名前に目を向ける。各隊の組長と、それぞれ腕の立つものを中心にしてその次に腕の立つものと一緒に組んである。一番隊の隊士の中でも半数を組み込んである。

その中の一人に土方が、まさかセイを選ぶと思っていなかった。総司は山口と組むことになっている。

―― まあ、相手がこの人ですから

仕事は仕事。そう思うしかない。
頭ではわかっていても気持ちはざわざわと落ち着かなかったが、意識してそのことを考えない様に切り替えた。

張り出された編成を見てざわざわと隊士達があちこちで話をしている。

「沖田先生!」

不安気な顔でセイが駆け寄ってきた。

「神谷さんも土方さんに認めてもらえましたね」
「そんなこと!どうして私は沖田先生とご一緒させていただけないんですか?!」
「神谷さん。これは仕事ですよ。土方さんが考えて編成したんです」

ぐっと奥歯を噛みしめたセイに総司はまっすぐに告げた。ここでセイだけを外してくれと言わなかっただけでも今までの総司からすれば大きな変化でもあったが、セイはそれを知らなかった。

「でも、でも。お願いしたら!せっかく認めていただいたのは嬉しいんですけど、だったら、私は沖田先生と」
「神谷さん」

はっと言いかけた処でセイは言葉を切った。自分が何を言っているのか、我に返ったセイは、頭を下げた。総司の傍から駆け出したセイは、一生懸命自分に言い聞かせた。

認めてもらえたならそれでいいはずなのに、どうしてこう自分はその先を望むのかと思う。

両手で思い切り自分の頬を叩いたセイは、よし!と気合を入れなおすとその足で隊部屋に向かった。

「斉藤先生!」
「む」

非番のはずの三番隊だったが、一番隊と同じく半数近くが編成に組み込まれていて、隊部屋の中はざわついていた。

「よろしくお願いします!」
「今回は隊を超えた特別編成だから致し方ないだろうが……」

総司と共に回れないことを口にしかけた斉藤に、セイは首を振った。

「いえ!たった今、沖田先生にも叱られてきました。これは仕事だと」
「……そうだな」
「はい。私が思い違いをしていました。この編成に組み込んでいただいただけでもありがたいことですよね」

セイは、自分で力いっぱい叩いたために赤くなった顔でにこっと笑った。その顔を見た斉藤は、しばらくまじまじと眺めていたが、ぬっと手を伸ばした斉藤はその頬に触れた。

「神谷」
「はい」
「……よろしく頼む。俺達は、十一番だ」
「承知」

威勢よく頷いたセイの頭をぽんぽんと叩いた。しばらくの間とはいえ、隊を超えてセイと共に行動できる。そう思えば気分が高揚してくるのを感じた。

「心強い」

手を離した斉藤がぼそりと呟いた言葉にセイはぱあっと嬉しそうに微笑んだ。

– 続く –