誇りの色 10

〜はじめの一言〜
年をまたぎそうだなあ・・・。まあ、彼らはあれですよ。年をまたいでも仕事してたってことで。

BGM:
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セイが不逞浪士と疑った男達二人。森春蔵と川田又四郎は、揃って親の代からの浪人暮らしである。
親がそれぞれ、水戸の出身で、京都での諸々の活動から押込の処分を受けた者達だ。それを機に、脱藩し浪人となったが、骨の髄まで染み込んだ尊王攘夷の思想はその子供たちに受け継がれている。

春蔵と又四郎は共に、そんな親たちから常々言い聞かされて育った。

『よいか。春蔵。藩もお上も変わらねばならん。日本という一国として外敵に対して立ち向かわねばならんのだ。そのためには、今の腐りきった幕府の上層部は粛清せねば……!』

日々、子守唄代わりに聞かされた思想を元に、町の道場へと熱心に通い詰めた二人は、道場の主も敵わないくらいの腕を身につけると、最後はその道場主を打ち倒し、落命させた。そこからいよいよ攘夷浪士という深みに身を沈めることになった。

又四郎の母は親類が早々に引き取ってしまい、父子の暮らしだったが今はその父も亡くなっている。春蔵の方と言えば、産みの母は春蔵が産まれた時に亡くなり、後妻に入った女とはそりが合わなかった。

父のいないところで春蔵を苛めぬき、父にはよい顔をする。しかし、もとは水茶屋で見初めたという女だけに、この女は身持ちが悪かった。
母とそりが合わず、家を飛び出してはいたが、父を敬愛していた春蔵はたびたび家には顔を見せに立ち寄っていた。そんなある日、父の不在に、間男を引き込んでいるところに出くわした春蔵は、何も言わずに間男もろとも義母を斬り捨てた。

ぶすりと刀が義母と間男の体を貫く感触にも、眉一つ動かさずに二人を殺めた春蔵は、家を出てから知り合った無頼の者達を使ってさっさと家の始末をつけてしまった。畳まで新しくした家に戻った父には、義母が出て行ったことを告げた。

「……春蔵。お前だけは私を裏切るな。お目にすべてを教えたのはこのわしだ」
「ええ。父上」

眉一つ動かさず。
平然と嘘をつく。

―― こうでなければ、浪士など愚かなばかりで生き延びていくことなどできはしない

とん、と春蔵の肩に又四郎の肩が触れた。

「そう言えば、お父上はあいかわらずか」
「……ああ」

急に春蔵の気配が変わる。触れれば斬れそうなほど鋭い気を放った春蔵に、又四郎が冷えた笑みを浮かべた。

「いや、すまん」
「……いや」

触れてはならない禁忌は、思いのほかどこにでも転がっている。
この二人の姿をセイが見たらどう思うだろうか。今にも殺し合いをはじめそうなほど殺伐としている。攘夷という綺麗な絹を被ったただの獣二人であった。

市中を歩くこの二人を時折、斉藤は後をつけていた。セイが気づくほどの相手に斉藤が気づかぬはずはない。監察方へ届けはしたものの、その後も、隠密活動の合間に時間があれば足を向けていた。

あの時、セイはこの二人の腕のほどまでは読み切れなかっただろうが、斉藤には男達が並の腕ではないことも、おそらく攘夷浪士という肩書は名ばかりで、その皮の下に潜む獰猛な気配に眉を顰めていた。

セイが春蔵と又四郎の後をつけた日から数日たった後、斉藤は再び春蔵達の様子を窺っていた。隠れ家はすでにわかっている。家の様子を窺っていると春蔵が一人、隠れ家から出てきた。

「!」

今日は笠をかぶった姿の春蔵が一人、歩いていくのをみて斉藤はすぐさま踵を返した。

―― あれはいかんな

春蔵の気配は、周囲へも鋭い気を放っており、全身から立ちのぼるような闘牙に斉藤は反応しかけたのだ。剣を手にするものならばどうしても反射的に受けてしまう。
春蔵の後をついていては、すぐに気取られてしまうと思った斉藤は、即座に判断したのだ。

今日はやめておこう、と。

すぐさま、踵を返して屯所へ戻った斉藤は、暇を持て余すことになる。このまま道場に立てば相手に立つ隊士達に怪我をさせてしまいそうだった。

そこへこま鼠のように動き回っていたセイが雑巾がけを終わらせて、手を拭きながら戻ってきたところだった。
手招きした斉藤の元へ、おびえることもなく近づいてきたセイに、かねて話をしていた店への同行を取り付けた。

腹が空いているという斉藤に気を使ったセイが早足で歩いていくのを面白いと思いながら後をついていく。

「そんなに急がんでも店は逃げんだろう」
「そうですけど、でも、兄上が小腹を空かせていらっしゃっているとおっしゃるから」
「だが、そんなに急ぐと転ぶぞ」

大股に歩むセイが斉藤を振り返ったところで、道の窪みに足をとられてセイが転びかける。それをまるで見越していたかのように斉藤が片腕を伸ばしてセイを支えた。

「ほらみろ」
「……すみません」

掴まれた腕に支えられて、叱られた子供のように項垂れたセイは、ちらりと斉藤の顔を見る。
いつになく饒舌で、いつになくぼんやりしていた斉藤がいつもより鋭い気を纏っていたことはわかっていた。だが、それはセイや隊士達に向けられたものではない事もわかっている。

―― 斉藤先生を怖がるなんてことはないけど……

だからこそ気になって、斉藤が出かけたがっていたことに乗ってみたわけだ。

「本当にもうすぐなんですよ?」
「ああ。お前を疑っているわけではないから落ち着け」
「う~……。すみません」

気を取り直したセイが斉藤と共に再び歩き出す。職人の町であるがゆえに、賑やかな大通りとは違って店屋といっても食べ物屋がちらほら見える程度である。

道はまっすぐで、ゆっくりと歩きながらセイと斉藤は互いに違うことを考えていた。

―― 兄上は、どうされたのだろう……

斉藤の様子を気に掛けているセイとは違って、斉藤は内心舌打ちをしていた。確かに馳走屋の場所を聞いていたはずなのに、これでは件の男達の隠れ家の近くを歩くことになる。

道を一本外れれば、すぐに隠れ家の近くまで出るが、さすがにそれを表に出す斉藤ではない。

「ならば、歩きながら何が出るか、考えてみると言うのはどうだ」
「馳走屋でですか?私は幾度か足を運んでいますからなんとなくどのようなものが出るかわかりますけど、兄上は初めてでしょう?」
「ふむ。ならば俺が当てたら清三郎に奢ってもらうとするか」

にやりと笑って見せた斉藤に、すぐさまセイが乗ってくる。ずるい、と言い出したセイは、自分が勝ったら奢ってもらうと言い出した。

「ではですね。まずは先付から。今の時節なら……」

頭の中を食べ物でいっぱいにしたセイがぶつぶつとあれこれ考えている姿を見ながら、早く隠れ家の近くから離れようと斉藤は考えていた。

– 続く –