誇りの色 11

〜はじめの一言〜
兄上も存外血の気が多いですよね。そういうキャラじゃないかな

BGM:
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「いらっしゃーい」

入った瞬間に聞こえてきた声に、斉藤はおや、と思う。この京ではっきりとわかるのは京言葉を使っているかどうかで生粋の者か否かがわかるということだ。
屯所では、ほとんどの者が京の者ではない。それだけに京言葉を聞くのは小者達からが多い。

「ここのご主人は上州の生まれなんだそうです」

斉藤が思ったことを感じ取ったセイが、小座敷に上がりながら小声で囁いた。ふむ、と頷いた斉藤と共に、刀を脇に置いて、差し向かいで腰を下ろすと立 ち働いていた女が盆を手にしてすぐに近づいてきた。その女に向かって、にこりと笑いかけたセイが、今日のお勧めは何か、と問いかけた。

「はい。今日は鯵のよいものが入りましたので、生姜を細く刻んだものと薄くそぎ切りにした鯵をあえたものと、田楽です」
「じゃあ、それを。あと、お酒もお願いします」
「はぁい」

愛想よく応えた女が奥へと注文を告げると、斉藤が憮然としてセイの顔をちらりと見る。

「これは……、不公平ではないのか?清三郎」
「何がでございましょう?」
「お前は、ここの主人が京の者ではないということを言わなかったな」

斉藤の予想は、蕪を炊いたものと、豆腐を使った何かというところまでである。これが京の者ではないとわかっていれば、冬の食べ物としてもう少し広く考えていたかもしれない。
斉藤に指摘されることはわかっていたのか、セイは悪戯が成功した、とでも言わんばかりの顔で得意げに鼻を動かす。

「兄上がお聞きにならなかったので。それにお教えしなくてもいいところまではあてていらっしゃったではないですか」
「どこがだ」
「それはきてみればわかります」

あくまでにやにやと斉藤の様子を面白がっているセイに、増々、憮然とした斉藤はすぐ横の格子の間から障子を少し開けた。

「寒くありませんか?」
「いや。少しはこうして表の風が入ったほうがよい。ここは随分と温かいからな」

確かに斉藤たちが腰を下ろした小上がりは店の中でも空気がたまりやすい角になっていて、店の奥での煮炊きの熱や、客たちの熱が溜まっていて、セイなどは温かくてほっとしたくらいだった。

いくらも待たないうちに、酒と鯵と生姜のあえたものが運ばれてくる。セイと斉藤の目の前に一本ずつ銚子とぐい飲みが置かれて、鉢が二つ。
細く、針のように刻んだ生姜が山に盛られていて間にそぎ切りの鯵が見え隠れしている。

珍しく斉藤が酒よりも先に、箸を手にして鯵を一口、口に運んだ。

「む」
「いかがです?」
「これは旨いな。生姜だけではなく、茗荷もいくらかはいっているようだ」

斉藤の眉間が開くのを見て、満足したセイも箸を手に取る。白く刻まれていたのは、確かに生姜だけではなく、茗荷も入っているらしい。それが風味を複雑なものにしている。
そして、かけまわされている汁も醤油に酢を少し。柚子の搾り汁が入っているためにさっぱりとした味にまとまっていた。

「これは確かに酒がすすむかもしれん」

そう言いながら早くも銚子に手を伸ばした斉藤はなみなみと酒を注ぐと、一息で一杯目を飲み干してしまった。

「うむ。酒もいいな。甘すぎず、さりとて辛くもなく、まるで水の様だが後味が潔い。甘露なよい水の素性がわかるようだ」
「はい。お気に召していただけてよかったです」

自信はあったのだが、斉藤が喜んでくれたことにほっとしたセイは、銚子を取り上げて斉藤のぐい飲みに注いだ。
しばらくは、脳裏に鬱屈していたことも忘れて斉藤は酒と肴を味わった。

「お待たせいたしました」

しばらくして運ばれてきたのは田楽である。
串に刺さった白いものに濃い色の味噌がかかっている。

「これは……?」
「まあ、召し上がってみてくださいませ」

白いものは豆腐だろうかと思いながら斉藤は串を手にすると、がぶりと歯を当ててみて驚いた。なんと、その白いものの正体は、麩であった。

「ですから近いところまで、と申し上げました。ここのお麩の田楽はすごくおいしいんです。どうやら半分だけ豆腐を混ぜて作っているらしくて、とてもふわふわなんですよ」

麩と言えば、小麦を練ってこねて、作ったものだがその間にどうにかして豆腐を混ぜているらしい。麩のもっちりとした食感が、はんぺんのようなふわふわとしたものになっていて何ともいえない風味がある。

「なるほど。これは俺の負けだな。ここの払いは任せろ」
「いえ。兄上は豆腐をつかったもの、とおっしゃってましたからここは互いに折半ということで」

ぺろりと舌を出したセイをみて、どぎまぎと視線を逸らした斉藤はその可愛らしさに、ばくばくと騒がしい胸の内を押さえこんで、渋い顔を見せた。

「ごほっ、随分と生意気になったものだな」
「兄上のお仕込みがよろしいからでは?」
「まだ言うか」

ひょいっと手を伸ばした斉藤がセイの鯵の小鉢からごっそりと自分の鉢へと移動させる。
えっと思う間もなく、セイの田楽に一口がぶりとかみついた斉藤は満足げに酒を煽った。

「ま、こんなものだろう」
「あ、あ、あ~……。田楽ぅ……、鯵も大好きなのに……」

しょんぼりと肩を落としたセイが、への字にした口にちびちびと酒を運んだ。

がらりと店の入り口が開いて、新しい客が入ってきた。ちらりと視線を向けたセイが、かたん、と音を立ててぐい飲みを置いた。

「亭主。酒だ。酒となにか肴をたのむ」
「はいー」

春蔵が外出している間に暇を持て余したのか、新しく入ってきた客は又四郎だった。
大きく息を吸い込んだセイは、心臓がどくん、どくん、と大きな音をさせている心臓に目を伏せる。

―― 静まれ。兄上にも相手にも気取られてしまう

「……清三郎。このところ、沖田さんとはうまくやってるのか?」
「え?……ひえ?!そ、何をそんな……」
「何を慌てている。組長と組下の者が上手くやっていなければ仕事などうまくいかんからな」
「あ……。そう、そうですよね。あはは」

飛び上がるほど驚いたセイに、呆れた顔を向けた斉藤は、引きつった笑いを浮かべたセイにむかって銚子を取り上げた。

「おかしなやつだ。お前も飲め」
「はい」

とく、と注がれる酒を口から迎えに出たセイに、身を乗り出した斉藤はセイの口に酒が入る前にそのぐい飲みを取り上げた。

「何度言って聞かせても治らんな。そのなんにでも首を突っ込んでいく悪い癖は」
「?!」
「そんな様子では相手に警戒されるではないか」

ぼそりと呟いた斉藤にぐい飲みを奪われて、顔を上げたセイは、自分の未熟さを悔いた。

– 続く –