誇りの色 15

〜はじめの一言〜
走れ~!っていう声がしそうです

BGM:
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全力で走ってきた総司が近藤の家に駆けつけると、玄関の前の格子に手をかけたまま深く息を吸い込んだ。

―― 落ち着け。これで無事に神谷さんがついていればいらぬ心配をかけることもない

総司と共に向かう途中で一人姿を消したセイが先にたどり着いているはずなどないと思いながらも息整えた総司は、格子を開けた。

玄関に立って一声かけると、奥から応じるお考の声がしてぱたぱたとかけてくる足音がした。

「はいっ」
「遅くに申し訳ありません。神谷さんは来ていますでしょうか」
「神谷様ですか?……いいえ」

総司の声を聞きつけたのか、奥から近藤が顔を覗かせた。妾宅に誰かが駆けつけてくることなどあまりないだけに気になったらしい。

「総司か?」
「局長。お休みのところに申し訳ありません。実は副長から文を預かって神谷さんがこちらに向かったと聞いたので後を追いかけてきたのですが、どうやら追い抜いてしまったようです」

何事かと、顔を曇らせていた近藤が明らかにほっとしたようで、顔色がぱあっと晴れるのがわかる。呼吸を整えた総司は滲む汗がわからない様に、浅く呼吸を繰り返す。

「なんだ。そうだったのか。何事かあったのかと思ったよ。ははは」
「どうも急ぎすぎたようで……。じゃあもう一度戻ってみます。失礼いたしました」

近藤とお考に頭を下げた総司は何事もなかったような顔で、見送る二人を背に格子を閉めた。半町ほど静かに歩いていくと、勢いをつけて走り出す。

―― 神谷さん!

どこで何が起きたのか。
まるで神隠しにあったような出来事に焦りを覚えた。

 

 

 

 

「……ふむ」

ざく、と足元の砂音をさせて斉藤は又四郎と春蔵の隠れ家の様子を窺っていた。
どうやら、ほかの不逞浪士達との会合に顔を出していたようだったが、場合によっては金をばらまき、場合によっては金を受け取っているらしい。不逞浪士同士の間で適度にうまい情報を流すことで金にし、金を作っている。

だがこのところ、その動きがぴたりと収まっていた。

―― 懐金に困る奴らとは思えんが……

先日の隊の取り締まりからしばらくして、これまでの動きが全くなくなったところを見ると、警戒していることは確かだろう。いくら監察方の動きが巧みでも身の周りを探る者達の気配を感じないような愚か者ではないらしい。

ふっと、家の灯りが消えたことで、斉藤は建物の陰に身を隠した。

しばらくして、町屋の玄関ではなく、座敷の引き戸が開いて黒い影が滑り出で来る。着物が、いつもの柄物ではなく、真っ黒な、漆黒に溶け込む色を纏っていた。

―― 何か、やる気だな

気配を周囲に溶け込ませた斉藤は、距離を開けて二人の後をつけ始めた。斉藤であっても一町ほど距離を開けなければ相手に気取られそうで、日が落ちて闇色に染まったばかりの町の中を神経を研ぎ澄ませて二人を追っていく。

宵の口をようやくすぎたばかりということもあって、往来する人々もいないわけではない。だが、又四郎達ほどの使い手を相手にしてうかつな真似をできない。

ひたひたとついていくと、途中で大店の店先にひっそりと身を潜めた。店の軒先と積み上げられた天水桶の陰に潜んだ二人は黒い着物を着ていることもあって、ほとんどその姿は見えない。

何をするつもりなのかはわからないが、斉藤は息を殺して二人を見張り続けた。

往来が絶えずある中で、夜遊びに出歩いている者達の中で、供を連れている身形のよさそうな二人連れがやってくると、ゆらりと影が動いた。

「なっ!何者!!」

供についていた者の声がしたと思う間もなく二つの音が重なって、ずるっと二人は地面に崩れ落ちた。通りすがりの人々が関わり合いを避けて、足早に走り去っていく。

黒い影が主らしき男の方だけを担ぎ上げると、ごく当たり前のように歩き始めた。地面に倒れたままの供の者はそのまま地面に倒れ込んだままでピクリとも動かない。

ここで飛び出すべきではない。

冷酷だと言われようと、一人を助けようとしてこれから先の何人もの命を危険にさらすことが賢明とは思えなかった。春蔵達が離れていくのを待って、斉藤は再び後をつけ始めた。

今度は大通りを避けて、小道ばかりを進み始めた二人をつけるのはとても難しい。さらに距離をあけて見失わない様につけることはひどく骨が折れる。

「……監察の者にでも声をかけるべきだったな」

ぽつりと呟いたが、それも後悔ではない。一人だからこそ、どう動くべきか、斉藤自身に対して、命じるためだ。時間がたてばたつほど、夜道を歩く人々も減っていく。

斉藤は、刀の柄を確かめる様に握りしめた。

 

 

「又四郎」
「ああ」
「どこの者かな」

後ろから二人を追いかけてくる気配を感じた又四郎と春蔵は、言葉少なに確かめ合う。
互いに、気付いている。無意識に異常を感じ取って二人を追い始めたセイの気配を。

斉藤や総司のように気配を断っていたわけではないだけに、すぐにまっすぐな意識が自分達に向かってくるのは感じ取れた。手練れの者ならまだしも、そんな未熟な者が自分たちに向かってくるのは考えづらくて、二人はしばらく気づかないふりで歩んでいた。

しかし、小道の先に待ち受ける駕籠に、肩に担いだ荷物を預けてしまえば二人の仕事は終わりである。

セイが初めに見た灯りに向かって近づいていくと、そこに待ち受けていた駕籠に向かって、担いでいた荷物を乗せた。それと同時に、駕籠のたれが下ろさ れて、すぐにその場を離れていく。灯りは駕籠屋の傍に付き添っていた者が持っていた提灯の灯りだったが、それが離れていくと、路地は真っ暗になる。

「さて」
「ああ」

又四郎と春蔵は後ろを振り返ると、小道を出たところで両脇に身を潜めた。

 

 

– 続く –