誇りの色 19

〜はじめの一言〜
怒られる、がテーマなのに、怒られてみたらセイちゃんファンに怒られそうな気がしてきた

BGM:
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まだ灯りを消して休むには早い。隊部屋に戻った総司をみて、すぐに山口と相田は総司の元へと近づいた。何も言わなくとも総司がひどく不機嫌だとその表情から分かったからだ。

「おかえりなさい。沖田先生」
「神谷が一緒だったのではないんですか?」

ぴき。

総司の機嫌がよくなる話題でもあり、悪くなる話題でもある。そして今回は、地雷だったらしい。総司の顔がぴしりとひきつったのを見て、山口も相田も顔が強張る。

「戻りました。神谷さんは庭の蔵に三日の謹慎です。申し訳ありませんが、山口さん、相田さん。蔵に火鉢と布団を運んであげてください」

二人の顔を見もせずに、セイの刀をいつもの場所に置くと、自分の刀を刀掛けに置いて羽織を脱いだ。走り回ってすっかり汗をかき、さらにそれが冷えている。
手拭と着替えを手にすると、風呂に入ると言って隊部屋を出て行った。

「おい……。一体、何があったんだ?」
「さぁ……。でも、神谷が謹慎ってどういうことだ?」

総司が出てすぐに山口と相田の傍に集まった隊士達はざわざわと騒ぎ出す。顔を突き合わせても解決しそうにない。とにかく、隊部屋に置いてあった火鉢 の一つを持ち上げると、追いかけるように布団を担いだ。隊部屋から急いで駆け出した隊士達が蔵に向かうと、薄暗い蔵の中にひっそりとセイが座っていた。

「神谷?!」
「お前、なにやらかしたんだよ」

手燭を持った者が先に立って、蔵の中が急に賑わいだす。柱に灯りをつけると、それぞれ火鉢を置き、布団を広げた。正座していた姿勢は崩さずに皆の顔を見て申し訳なさそうに頭を下げた。

初めは暗い蔵の中だったので皆、気づくのが遅れたが中が明るくなってみると、セイの顔に気付く。

「おまっ?!なんだその顔!」
「あー……。そんなに腫れちゃってる?」
「腫れてるなんてもんじゃねぇよ」

慌てて、一人が表に手拭を濡らしに走り出て行く。しゅん、といつも以上に小さくなったセイが何も言わずに首を振った。その様子を見れば、何かをやらかして総司に殴られたのだろうと察しはつく。
互いに顔を見合わせた隊士達は眉を顰めたが、この様子で今夜セイや総司に何があったのか問いかけても答えることはないだろう。

それは経験でよくわかっていた。手拭を濡らしてきた隊士が戻ってくると、他の隊士が桶に水を、そして鉄瓶にたっぷりと水を汲んで戻ってくる。茶碗だけ持ってくると、こん、と火鉢の傍に置いた。

「……じゃあ、俺達はいくからな」
「寒いから……、風邪を引くなよ」
「うん。ありがとう……。ごめん」

―― 沖田先生は

思わず続けそうになった言葉を飲み込んで、セイは皆に礼を言うと、同じ場所に座り続けた。かろうじて、腫れあがった頬を冷やしたセイの傍をすり抜けて、蔵から出て行く。内戸を閉めると、皆、蔵を振り返りながら隊部屋へと戻って行った。

隊部屋に戻ると、風呂から戻った総司が戻ってきた隊士達をちらりと見る。

「……手間をかけました」
「いえ。沖田先生もお疲れでしょう。早くお休みに」
「疲れ?」

そろそろ灯りを落とす時間でもある。早めに休むようにと声をかけた相田は、思いがけず問い返されて驚いた。不機嫌でも総司がこんな風にぴりぴりとした反応を見せるのは珍しい。

首にかけていた手拭をとると、余計なことを言ったとばかりに総司は自分の布団を広げた。これはあえて触れるべきではないと思った隊士達はそれぞれ、いつも以上にてきぱきと布団を広げた。

「すみません。先に休みます」

どさっと横になった総司がぽっかりとあるはずのセイの布団の方へ体を丸めてしまった。背を向けられた隊士達はひそひそと声を落として囁き合うと、早めに灯りを落とすことにした。

 

 

―― どんな時でも眠らなくては

そう思っても、皆に背を向けて横になっていれば、本当ならそこに在るはずのセイの寝顔がない。
今頃、あの冷えた蔵の中で眠っているのかと思うと、気になって眠れなかった。隊士達が眠ってしまった頃、そっと起き出した総司は厠に立った。

庭下駄をはいて、厠へ立つのだと自分に言い聞かせて庭へと歩き出した総司は、蔵へと向かった。

手燭も持たずに歩いて行った総司は、暗くなった内戸の前まで行くと、そっと中を覗き込む。暗い中でとうに休んでいると思って、布団のあたりを見た総司は、その先に背を向けたまま座っているセイの後姿に総司の方が驚いた。

その背中をみた総司は、しばらく厳しい顔でそれを眺めていたが、静かにその場を離れると隊部屋に戻った。元々厠に立ったはずだったのに、それを忘れて戻った総司は布団にくるまった。

総司が布団に戻った頃、セイは、火鉢の火を掻き起すためにようやく立ち上がった。

「い……て」

腫れた顔だけでなく、ずっと冷えたところに座っていたために強張った体が軋むのを感じながら立ち上がった。足も痺れて感覚がないところを無理やり動かして火鉢に近づくと、灰に埋もれかけている炭を掻き出す。

いくら罰とはいえ、風邪を引いては斉藤に叱られたように自己管理ができていないことになる。

ほわっと沈みかけた熱が広がって、凍えた手を暖めたセイは、水に浸し直すまでもなく冷え切っている手拭を頬にあてると、三日の謹慎を思い返していた。

土方から処罰を任されて、より厳しいものにしたのだろうが、三日というのは厳しい方だ。

―― 沖田先生。きっとすごく怒ってらっしゃるんだろうな

斉藤に任せたっきり、一瞥もしなかった総司をおもうとじわりと涙が浮かんでくる。

「……なんであの時動いちゃったかなぁ。だめだってわかってたのに」

今思えば、どうしてだと自分でも思う。普段なら総司に気付かれることなく傍から離れるなんてやろうと思ってもなかなかできるものではないことなのに、あの時はどうしてなのか、ふわりと何かに誘われる様に体が動いた。

そして、追いかけたあの二人が何をしていたのか、結局のところわからなかったが恐ろしい使い手だったことは確かだ。

「そういえば……、斉藤先生の頬。大丈夫かな」

一筋とはいえ、斉藤の頬を切るなど考えただけでも恐ろしい。そんな相手に向かってよく自分は無事に済んだものだと思う。
それがわかっていたからこそ、斉藤はセイにかかわるなと言ったのだろう。

「私って、本当に駄目だな」

火鉢の傍に腰を下ろしたセイは、頬に手拭を当てながら長い夜が明けるのを待った。

 

– 続く –