〜はじめの一言〜
怒られる、がテーマなのに、怒られてみたらセイちゃんファンに怒られそうな気がしてきた

BGM：
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再び、休息所に、戻ってきた総司らをお孝がすぐに出迎えた。今度は、近藤は出てこない。
総司が玄関の敷居の内に入り、開いた間口の前にセイと斉藤が立っている。

「すみません、夜分に何度もお休みの邪魔をしまして」
「いいえ。お役目ご苦労様です。神谷様と無事に会えましたのね」
「ええ。偶然、斉藤さんと一緒になっていたそうなんです」

総司の後ろに半分隠れたまま、セイが頭を下げた。殴られた跡が少しずつ腫れてきた顔半分はよく見えないように、総司の陰に半身を隠していたので、お 孝にはセイの様子がいつもと違うことはわからなかった。そのとなその隣に立っていた斉藤は、僅かに顎を動かしただけで、黙って立っている。

お考は、一度総司が顔を出しているので、近藤から言われていたらしく、体を斜めにして上がるように言った。

「どうぞ、沖田様、神谷様、斉藤様。お上がりくださいませ。少しですが、支度をしておりますので……」

にこにこと、いつもの人懐こい笑顔で奥を示した。この家に来たことがある隊士は限られている。土方、総司、セイくらいなものなので、斉藤が現れたこ とにお孝は目が輝かせていた。元来、人が好きなのだろう。滅多に人の訪れることも少ない家だけに、仕事で来ていると知っていても火急の用事でないことがわ かっているだけに、嬉しくて仕方がないらしい。

しかし、総司は後ろの二人を振り返ることなく、丁寧に頭を下げた。

「申し訳ありません。ありがたいのですが、少し遅くなってしまいましたので、こちらの文を局長にお渡しだけお願いできますか」
「まあ……。それでは少しお待ちいだただけますか」

総司が懐から差し出した文を受け取ったお孝がひどく残念そうな顔で、奥へと戻って行く。その間、誰一人、口を開くことさえしなかった。
再び、お孝が戻ってくると、今度は静かに頷いた。

「お預かりした文は確かに受け取りました、との事です。お役目、ご苦労様でございました」

無理に引き止める気もないらしく、ただいま、受け取ったとだけ言伝てきた近藤にほっとした総司は、礼を言って玄関から表にでた。
見送りを断ると、三人は屯所に向けて歩き出した。

屯所に戻った三人は、そのまま土方の元へと向かった。
廊下に近い場所に座ったセイは、ひたすら頭を下げ続けることになる。

「……俺は、近藤さんに文を届けろとしか言ってないはずだが？」

戻りの遅いセイをどうせ引き止められでもしたのだろうと思っていた土方は、顔を腫らしたセイが、総司だけではなく斉藤と共に現れたことに少しばかり目を見開いた。夕餉を終えて、長着姿で寛いでいた土方は火鉢の傍に座って腕を組みながら、総司の説明を聞いている。

「確かにそれは私も隣で聞いていました。その途中で、不審な者達を見かけた神谷さんがつい、ふらふらと後について行ったにすぎません」

手を付いたセイは黙ってその説明を聞いていた。その時感じた違和感や、自分でもわからないが追いかけるべきだと思って、体が勝手に動いたことも、何を言っても言い訳にしかならない。
沈黙の後、斉藤がこほん、と小さく咳払いをした。

「沖田さんと神谷の道行は存じませんが、私は夜歩きの間に、かねて監察方にも監視を指示していた二人が出ていくところに出くわしたので、念のため離れて後をつけていたところ、私と二人連れの間に神谷が飛び込んできたというわけです」

斉藤にしてみれば、距離を開けていたこともあるが、急にセイが現れたように見えたのだろう。総司から話は聞いて、経緯はわかったが、なぜセイが二人の後をつける気になったのかはわからないままだ。
それ以上、何を聞いても大して変わりはないと思ったのか、あっさりと土方は総司に話を預けた。

「総司。神谷の処分はお前に任せる」

―― 呆れてものも言えん

頭を下げているところさえ、目にしていても仕方ないと視線を逸らした土方に頷いた総司は、すっくと立ち上がった。

「立ちなさい。神谷清三郎。三日の謹慎を言いつけます。蔵に入っているように」
「……は」

畳みに手をついたまま、小さく申し訳ありませんでした、とつぶやくと、セイは俯いたまま障子を開けた。

「俺が連れて行こう」
「お願いします。斉藤さん」

処分を受けて蔵込めになるセイを一人で行かせるわけにもいかず、斉藤は廊下に出た。
ひやりとした空気に背筋が自然にぞくっと震える。灯りも持たないまま蔵の前まで行くと、閉められている内戸を開く。ぺこりと頭を下げたセイが中に入ると、斉藤はセイから大刀を預かった。

「後で布団を持ってきてやる」
「いえ。お心遣いはありがたいのですが、私は罰を受けているのですからご遠慮いたします」

さすがにこれだけ寒くなってきていれば、蔵の中など底冷えがしてくる。そんな場所に火鉢もなく、一晩も二晩もいれば間違いなく体調を崩すだろう。だが、セイはそれも罰なのだと遠慮して見せた。

「意地をはるな。清三郎。罰と言ってもそれで体調を崩すのであればそれは体調管理ができていないということでもある。そういうことだから勝手な振る舞いをするのだ」
「はい……。申し訳ありません」

深く頭を下げたセイに、思わず手を差し伸べそうになった斉藤は伸ばしかけた手を握ると、蔵の内戸を閉めた。

セイの大刀を隊部屋に戻してから火鉢と布団の手配をするつもりだった斉藤が、隊士棟の廊下に向かうと、総司が手燭を持って立っていた。
どうやら斉藤とセイが部屋を出てすぐに追いかけてきたらしい。

「お手数おかけしました」

そう言って、庭下駄を脱いで廊下に上がった斉藤へ手を差し出して、総司はセイの大刀を受け取った。その総司の顔をまじまじと眺めた斉藤は面白くもなさそうにふん、と鼻を鳴らした。

「斉藤さん？」
「そんなに頭にきて、そんなに手を上げたことを悔やむくらいならもっとちゃんとあれの面倒をみておくんだな」

総司の内心を見透かしたような斉藤に、一瞬の間を開けてから総司が苦笑いを浮かべる。
確かに、気を抜いていたわけではないのに、セイが離れたことに気付くのが遅れたことも、なかなか見つけられなかったことも、そして斉藤を巻き込んで斬り合いになっていたことも、どれもが腹立たしかった。
そして、怒りにまかせてセイに手を上げた自分にも腹が立つ。

「かなわないなぁ。斉藤さんには。……きっと、斉藤さんなら神谷さんが彼らの後を追いかけて行こうとしたら、止められたんでしょうね」

自嘲気味に呟いた総司の肩に手を置いた斉藤は、何かを言うべきか迷い、そして無言で総司の傍をすり抜けて一歩離れてから振り返った。

「火鉢と布団」
「え？」
「いくら罰とはいえ、この寒空に何もないまま蔵にいれば間違いなく風邪をひく」

―― 毎度ながら人のいいことだ

今度は、斉藤の方が自分自身に呆れながらそう呟く。
それでもセイがこのまま一人でいるよりはいい気がした。

「……せっかくのご配慮ですけど、今夜はやめておきます」

ゆっくりと冷たい廊下の感触を足の裏に感じながら総司は斉藤に並んで隊部屋へと歩き出した。相田か、山口にでも頼んで運んでもらわなければならない。

―― 今、神谷さんの顔を見たら、また責めてしまいそうで、避けないことまで言ってしまいそうなんですよ

まだ冷静になれずにいる自分を戒めるためにも、今は一人になりたかった。

–　続く　–