誇りの色 23

~はじめの一言~

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二日ほど、日が暮れてから捕り物の支度をして一番隊と三番隊はじりじりと知らせを待つ羽目になったが、又四郎と春蔵の姿は隠れ家になかった。

監察方と、隊士数名が交代で隠れ家を見張っていたが人の出入りはない。近くの家の職人や、商家の者が使いに来るか、その程度である。
日中は、監察方が市中に散っている息のかかった者達の力を借りて家を見張っているので、見逃したとは思えなかった。

「姿を消したと思うか?」
「さぁ……」

副長室へ報告に来た総司と斉藤は、二度目の空振りを伝えて、さてどうしたものかと顔をつきあわせていた。

「本当に姿をくらませたのならもう少しなにかあるような気がしますね」

土方の問いかけに少しの思案の後そう答える。
根拠はない。ただ、彼ら二人と直接、立ち向かったからなのか、総司にはもし彼らが姿を消したとしても自分達には何かしらの反応を見せそうな気がする。

総司は知らないが斉藤は名乗りを上げているわけだし、またとない機会だとは言い捨てていた。

「どう思います?斉藤さん」
「そうだな……」

はたして、彼らは本当に攘夷浪士なのか、それともただの剣客なのか、それによっても変わってくるだろう。端座した姿はいつもの斉藤のままだったが、何か心当たりでもあるのか、すぐには応えなかった。

「もう一晩」
「ん?」
「今宵、もう一晩だけ張ってみようかと思います。あの時、私は一人に手傷を負わせた。傷は浅いものでしたがその傷の様子を見ているとしたら、すぐには動かなかったのもわかります」
「なるほどな」

あり得なくもない話に土方は剃り上げたばかりの顎を撫でた。朝礼を終えて、昨夜の巡察の報告を読んでいたところだったのだ。

巡察の報告書にも目を通すと、二晩ともに、市中での騒ぎは起こっていない。

「いいだろう。お前たちに任せる」
「ありがとうございます」

互いに軽く頷いた斉藤と総司は、今夜の監視と捕り物の支度を取り決めて副長室を出た。
先に出た斉藤の後に続いた総司が、立ち去ろうとする斉藤を呼び止める。

「斉藤さん」

ちらりと振り返った顔には、声をかけられるのをわかっていたような色が浮かんでいて、軽く首を捻った斉藤に続いて総司は歩き出した。
副長室の前で話すほど、愚かではないということくらいはわかっていたのに、このまま斉藤が行ってしまったら、後は頼む機会を無くしてしまいそうだった。

「なんだ」

幹部棟の廊下の先を曲がるところまできっちり待ってから斉藤が立ち止まった。
ここならば、隊士棟からは人影だけが見え、幹部棟のどの部屋からも離れている。

「その……」

何を聞きたくて、何を頼みたいのかなどわかりきっていたが、あえて総司に問いかけてみる。この二日ほど、総司がピリピリしていたこともわかっている。

捕り物の時間になると、セイのいる蔵には一番隊の隊士達が支度を届け、身支度を済ませたセイはそのまま蔵で待っていた。結局のところ、空振りだとわかるまでは、まんじりともせず、誰かが呼びに来るまではそのままずっと待たなければならない。

その様子さえ総司は一切、耳に入れなかった。
山口や相田達が話しかけても、その話になれば不要だといい、聞こえよがしに話をはじめればすぐに隊部屋を出ていく。夜通し、監察の報告を待った隊士達は、日中、休みを取って再び夜を待つ。

そんななかでも総司は、少しだけ違っていた。

「言いたいことがあるならさっさと言ってくれ。俺も早めに休んでおきたい」
「すみません。斉藤さんもお疲れなのに」
「そんなことはどうでもいい。これも仕事のうちだ」

隊士達の前では見せないのだろうが、その目の中には迷いが浮かんでいた。このまま待っても答えが出るはずもないと思った斉藤は、自分から水を向けた。

「ずっとアレの様子を見に行ってないそうだが?」

弾かれたように顔を上げた総司は、見る見るうちに頬を染めたかと思うと、やがて何かを諦めたようないつもの顔に戻っていく。

「仕事が……、仕事が手につかないような組長など情けないと思うんです。そのくらいなら、いっそ冷徹にしていた方がいいかと……。どう、してますか?」
「仮にも、よその隊の、しかも処罰を受けた隊士の様子を見に行くなど、おかしな真似だろう」

―― 肝心の組長さえ見に行っていないと言うのに

ここ数日はさらに冷え込みもきつく、山口達が綿入れを差し入れたり、食事はきちんと運んでいるらしいし、火鉢も炭も蔵には持ち込まれているはずだ。
なのに、じっと監察の合図を待っている間も、昼間眠らなければいけない時間も、どう過ごしているのか気になっていた。

「どうかしていると言われたらそれまでなんです。私自身もそう思う。ですが、あの時の神谷さんは確かに危うい何かに近づこうとしていました。それ を、止められなかった自分にも腹が立って。捕り物に連れて行くように言われていますが、現場に連れて行ってどう扱っていいのかも今の私には判断ができな い」

口元を押さえた総司が早口で呟く姿を見ていた斉藤の頬には薄らと斬られた跡が残っている。その跡を見る総司の目が険しくなった。

いくらセイを庇ったためとはいえ、斉藤が傷を受けるだけの相手なのだ。

「だからといって、俺にどうして欲しいのだ。大変だったと慰めればよいのか。それとも、面倒な部下を持ったと言ってやればよいのか?ならば、その面倒な部下は俺の隊で引き受けてもよいが」
「――……!それは!……ただ、どうしているのか様子を見ていただけないかと」
「なぜ、己でゆかぬ」

淡々としているように見えて、斉藤がひどく怒っていることが伝わって来る。斉藤には確かに無様だと詰られてもしかたがない。
まるで、総司を罰するような斉藤の視線から逃れる様に総司は顔を背けた。

―― 今の私には、そんな資格はないからですよ

「とにかく、お願いできますか?」
「……よかろう。あんたの頼みだから行くわけではない。俺が、アレの様子を見るためだ」

あからさまにほっとした総司の姿に、背を向けた斉藤はさっさと歩き始めた。

「だが、様子をアンタにおしえるかどうかはわからん。わかっているだろうが、もう少し何とかすることだ。今のアンタでは、奴らに斬られるぞ」

最後に本音を見せたのか、斉藤は苛立った声音で言い置くと、今度は振り返ることなく歩いていく。一人その場に取り残された総司は、見捨てられた子供のように寂しそうな顔で呟いた。

「……わかってはいるんです」

―― 無様なことくらい、十分すぎるほど……

危険のない仕事もなければ、それを避けるような仕事ぶりだとしても自分は怒っただろう。なのに、身勝手な自分はセイを想い、心配し、こんなにも不安に揺れている。

足元の足袋の先についた汚れさえ、どうでもいいほどに自分自身が情けなかった。

 

– 続く –