誇りの色 24

~はじめの一言~
怒るだけ怒っていつも後悔するのは先生のほうな気がする。

BGM:
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総司に背を向けた斉藤は、背を向けた瞬間から苦々しい表情を浮かべていた。
こうなることはわかっていたのだ。

器用そうに見せていて、総司はひどく不器用だと思う。だから、初めの晩に様子を見に行くように仕向けたのに、それをしなかったのは総司本人だ。

「……仮にも一番隊組長の看板が泣くな」

おそらく本人も情けないのだろうが、周囲が見ていてもぴりぴりしていることがわかるくらいとは、見ている方が恥ずかしくなる。
だからこそ、こうして渋々でも手を貸してしまう羽目になるのだ。

斉藤も朝方まで起きて、監察方の者達と手配りや連絡を重ねてきたために、結局、そのまま起きている。早めに一度は休んでおかなければ、また夜には動かなければならないのに差し支えてしまう。

足を止めることなく隊部屋へ向かった斉藤は、一晩中着ていたままの着物を着流しに着替えた。ほかの隊士達は朝餉をとってから再び休む者がほとんどで、朝餉の際には広々していた部屋に再び布団が敷き詰められている。

「斉藤先生」

斉藤が着替えを終えるころ、伍長が布団の間を縫って近づいてきた。斉藤の布団は組長だからと皆には言われたが、頑なに言い続けて、未だに出入り口に一番近い場所にある。こちらも寝る支度をしていた伍長は、腹も一杯になって眠そうな顔をしていた。

「斉藤先生の布団もご用意してあります。さすがに明るすぎると思いましたので、衝立を立ててますんで気を付けてください」

背の低い衝立を斉藤の枕元のあたりにだけ立てかけてある。斉藤の代わりに隊をまとめることがあるだけに、斉藤がどれだけ忙しくしているのかよくわかっているからだろう。

そして着流しに着替えているところからすぐに休むものだと思っていた伍長に向かって、何とも言えない間が開いた。

「斉藤先生?」
「……世話をかけたな」
「いえ……?」

そう言いながらも斉藤が布団の傍ではなく、体を捻って障子の方へと向いたのを見て、伍長の顔が変わった。もともと、眠そうな顔つきの、斉藤の下にいるだけあって、柔和な顔の伍長ではあるが、今ははっきりと違う色に変わっていた。

「……別に、俺はだな。今回の指揮を執るものとして、一番事情を知らされていないであろうからだなっ」

珍しく動揺を見せた斉藤に向かって、生温い視線を向けた伍長は深々と頭を下げた。

「報われないお勤めご苦労様です」
「!!……、行ってくる。先に休んでいていいぞ」

決して馬鹿にしているわけではなく、斉藤がセイを気に入っていることも、セイが総司を大好きなことも、総司がセイを気に入っていることも、隊の中で知らぬものはいないのだ。中でも、斉藤の忙しい仕事の合間に、時々大きく締める割合がある野暮用の相手である。

しみじみと三番隊の隊士達はいつも斉藤に対して同情の視線を送っているのだから、伍長のこの態度も当然と言えた。

言い返すこともできずに、胸の内で懸命に言い訳を並べ立てながら隊部屋を後にした斉藤は、庭に降りて蔵へと向かった。

斉藤も結局のところ、初めの晩に顔を出してからは忙しくて足を向けていなかったために、セイの様子は気になっていた。

蔵の大戸は寒さを凌ぐためか半分だけ閉められていて中は明かり取りの高窓が開けられているらしく、思ったほど暗くはないように見えた。

「入るぞ」

声をかけてから、大戸が開いている方の内戸を開けた。

「……?」

いくら日が入るとはいえ、明かり取りからだけではどう頑張っても暗い。そこへ内戸が開かれたために、眩しかったのか目を細めたセイが顔を上げた。

「俺だ」
「……兄上?」

声を頼りに入ってきた相手が斉藤だと確かめたセイは、すぐにその呼びかけを改めた。

「斉藤先生」

手をついたセイの前に腰を下ろそうとすると、慌ててセイが止めた。

「冷えますのでこれを」

山口達がせっせと運び込んだらしい座布団を差し出すしたセイに、淡々と見下ろした斉藤は、僅かに顔を曇らせた。

「アンタは床に座っているんだろう?ならば俺もそうしよう」
「駄目です!本当に冷えますから。私は罰を受けて謹慎している身です。こんなものを使ってぬくぬくとしていいはず在りません」

セイの言葉を聞き流して、腰を下ろした斉藤はふむ、と蔵の中を見回した。
きちんと布団は畳まれており、時間になれば誰かが食事を運んでくる。蔵の端の方には捕り物の支度も揃えられている。

「ちゃんと休んでいるのか?」
「罰を受けているものが安穏と休んでいては謹慎になりません」
「それは仕事の時間だけだ。他の時間までそうして張りつめていたらもたんだろう」

総司の向こうをいくような不器用さにため息が出そうになる。日中こそ真面目に謹慎していれば、無理をすることなどないと言うのにこうして生真面目なら、はなから余計な真似などしなければよいのだ。

「奴らの隠れ家には昨夜も戻った様子はなかった。二晩空振りとなったわけだが、俺が浅手を負わせたことを考えればもう一晩、様子を見ることになった。だから、今夜のためにお前も休んでおけ。夜半にはまた装備を整えて待機になる」
「承知しました」

頷いたセイの顔は疲れ切って、青白かったが目だけはどうしてもその場に向かうのだという気力で満ちていた。

てっきり、謹慎を言いつけられた時には、この件にはもう二度と関われないと思っていたのに、捕り物には参加できると言われた時には、嬉しいよりも驚きの方が先に立っていたのだ。

「沖田先生がそういったの?!」

伝えに来た小川にかみつきそうな勢いで問いかけたセイは、総司がそう言っていたのだと確かめると、一気に肩から力が抜けた。

謹慎を言い渡された後は、顔さえ見に来ないほど総司が怒っていると思ったのだが、捕り物への参加が許されるということは、まだセイにもできることがあるということだ。
その時は心が浮き立ったセイだったが、一晩が過ぎ、二晩目も総司は顔を見せず、相田達が申し訳なさそうな顔で細かな知らせを食事と共に運んでくるくらいには、その浮き立った気持ちは沈み込んでいた。

ようやくセイにも、総司が納得してセイを捕り物に参加させるわけではないことを聞き出したときには、セイの目に強いものが光っていた。

勝手な真似をしたつけは必ず取る。相手がどれほど強かったとしても。

その意思をセイの目に見た斉藤は、策を立て直す必要があるなと表情を変えずに頭の中では思い描き始めた。

 

– 続く –