誇りの色 31

~はじめの一言~

BGM:
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斉藤に向けられた刀を総司が叩き落すことができないはずはない。
春蔵の脇差には構わずに、刀を構えた総司の目の端を黒い影が走った。

飛燕のごとく、それまで離れていたはずのセイが身を低くして斉藤と春蔵の間に刀を抜いて斜めに走り、滑り込んだ。

中段から斬り上げる様にうなった春蔵の刀を両手で握りしめたセイが、がっきと受け止める。

「ふざけるな!」

ぎりぎりと奥歯を噛みしめたセイは、力で押し込まれた春蔵の刀を全力で押し返す。セイの腕前では敵う相手ではないことも頭から吹き飛んでいた。

「斉藤先生も、沖田先生も!私達が身に纏うのは京を守る誇りだけだ!」
「ちっ!!小僧にはそうでもこの二人にはわかっているはずだ!」

片手での打ち込みなのに、セイを押し返す勢いの春蔵をくん、と右半身を引いて頃合いを外す。上半身を反らしたセイの背中へ下がってきた斉藤の背が当たった。

「余計な無駄口はきくまいと思ったが……。一言だけいうなら」

あれほど打ち合っていたはずの斉藤は、セイのところまで思い切り下がってきている。又四郎からは視線を外さずに、柄を握り直した。加減をしていたわけではないが、先ほどとは違って正眼に構えなおした斉藤は、その顔に初めて感情を見せた。

「どんな言い訳をしても己のしたことは変わらん」
「……っ!」

ふわり、とセイの背中に触れていた温かさが離れた。思わず、振り向きそうになったセイは、春蔵が向けてくる刀に動きを止めた。

「斉……っ」

斉藤の切っ先が斉藤の頬に斬りつけられた跡と同じだけの傷を又四郎の首筋に刻み付けた。まるで傷をそのまま映したようだったが、その深さだけが違う。深々と切っ先が切り裂いた首筋から血が噴き出した。

「あ……」

斉藤に向かって何かを言いかけた又四郎の体が空を切った刀と共にゆっくりと崩れ落ちる。ぶん、と思い切りふるった刀を下げると、斉藤は左足をひいた。

「斉藤さんの言う通りです。何を言おうと、あなたを捕らえることにかわりはない」

崩れ落ちた又四郎を見ていた春蔵の目が見開かれて、ゆっくりと目が細められていく。
父親と、そして誰よりも身近にいた又四郎の灯が驚くほど儚く吹き消されていくのを見て、春蔵の胸の内は絶望の色に染め上げられる。

「……他愛ないな。これが現実ということだな」

―― それでも、一つぐらい絶望を味あわせてやる

総司には意識と脇差を向けておいて、刀はセイの方へと向けていた春蔵は、斉藤へ向けて脇差を放った。軽く身を捻って斉藤がかわした隙に春蔵の刀がセイの耳元を掠めた。

「っ……!」

片膝をついて交わしたはずだったが、耳の上の方をぴっと掠めた刃先が切り裂いた。耳の脇の髪がついでに斬られてばさりと顔にかかる。

捨て身だとすぐ、セイにもわかった。総司に向かって背を見せたままでセイに斬りかかってくるなど、自分の命を捨ててかかっているのも同じだった。だからこそ、総司も刀を構えたまま、春蔵がどうでるのかを待っていた。

「くそっ!……られてたまるかぁっ!」

地面に片手をついて、くるりと身を捻ったセイが春蔵の足元を狙ったがあっさりと避けられた上に、間合いを詰めた春蔵が刀を振りかぶった。

「そこまでです」

一撃を振り下ろす前に春蔵の目に映ったのは、諦めずに強い色で見返してくるセイの黒い瞳だった。

背後から総司の突きが、左胸から背中の真ん中にかけて打ち込まれて、春蔵の体が最後の一撃で跳ね上がった。深々と胸を突き抜けた刀を最後に捻りあげてから引き抜く。

「がはっ……!う、……しろから……」
「後ろから斬ることに躊躇などありませんよ。これは仕事ですから」
「だ……」

―― 黙れ

最後まで言い切ることなく、春蔵が倒れると、斉藤がセイの腕を掴んで引き起こした。懐紙で刀を拭った総司は、刀を収めると、斬り飛ばされた羽織の紐をつまむ。

「あーあ。斬られちゃいましたよ。この色、気に入ってたんですけどねぇ」
「調子にのっているからだろう。その程度すぐに直せ」

総司がセイと斉藤の元へと近づいてくると、周りを囲んでいた隊士達が一斉に駆け寄ってくる。運ばれてきた戸板の上に隊士達が春蔵と又四郎を乗せている間に、斉藤と総司が何事かをひそひそと会話していた。

立ち上がったセイは刀を収めて、気が抜けたのかぼうっとしていると、ばさっと総司の羽織が頭からかぶせられる。

「羽織の紐、切れちゃったんであとでなおしてくれますか?神谷さん」

片側を切られてばさばさになったセイの頭を隠すようにかぶせられた羽織にセイが固まっていると、総司と斉藤が同時に口を開いた。

「そういえば!私は絶対に後ろにいる様にって言いましたよね?!」
「俺達が行くから隊士達は周囲を囲んでおく様にといっただろう?!」

両脇から同時に怒鳴りつけられたセイは、我に返って、かぶせられた羽織を掴んでぎゅっと首を竦めた。そのセイに容赦なく、二人から叱責がとんだ。

「「どうしてあなたは(お前は)そうやって危ないところに飛び込んでいくんですか(いくんだ)!!」」
「ひゃっ!申し訳ありません~」

二人に挟まれて小さくなったセイに向かって、腕を組んだ斉藤と総司が縮こまったセイを見下ろす。平然と戦っていたようにみえて、斉藤も総司も内心でははらはらしていたのだ。

「斉藤さん。いくら言っても神谷さんは懲りないみたいですね」
「確かに、な。三日の謹慎は正直厳しいと思っていたが、そうではなかったようだ」

ちらっと羽織をめくって斉藤と総司の顔を見上げたセイは、じろりと睨みつけられてますます首を竦めた。

「いたっ」

その時、斬られた耳が羽織に引っかかって忘れていた痛みを思い出させる。思わず耳を押さえたセイの両腕を斉藤と総司が掴んだ。

「神谷さんには屯所に帰ってじっくり反省していただきます。斉藤さんもよろしいですね?」
「ああ。少しは身に染みてもらわねばこちらの身が持たん」
「あのあのあのあのあの!申し訳ありません~!!」

ずるずると引きずられていくセイに同情の目を向けた隊士達は、心配のあまり怒りに燃えた斉藤と総司のやつあたりを食わない様に、いつも以上にてきぱきと後始末をこなしていった。

 

– 続く –