誇りの色 8

〜はじめの一言〜
やるなと言われても止まれない子供っていますよね。っていうとセイちゃんは子供か!みたいなことに・・・

BGM:
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「ええと、これはまだあるし、これはもう頼まないと……」

医薬の残りを確かめて数を数えたセイはいくつか買い足さなければならないものを書き留めた。小者に頼むつもりだったセイは係の者を探しに廊下へ出た。

うろうろと探し回っていると、肝心の小者は所用で外出している事がわかる。

「お急ぎでしたら、別の者を行かせますが」
「うん……。でも、ほかの方ではちょっと難しいかな」

薬種問屋に頼むだけとはいえ、いつものようにというわけにはいかない。それを案じたセイは、仕方なく土方の元へ足を運んだ。

「……というわけで、いくつか買い足さねばなりません」
「お前が行って来い」
「……ですよね」
「当然だ」

そう言われるだろうことは想像できたが、だからと言って許しを得ずに出かけるわけにもいかないのだ。
土方の許可を得たセイは、総司にも、と思って隊部屋を覗いたが、姿が見えなかったために、山口に言伝たセイは、書付を手に屯所を出た。

あれからさらに、何日かがたって監察の者達も各隊も、順調に成果を上げていた。そろそろ、中断していた少人数での見回りを再開しようかと土方も考え始めているようだった。

「……あれ?」

通いなれた薬種問屋へ向かう道は先日の巡察路からもずいぶんと離れている。にもかかわらず、セイは歩いていた足を緩める羽目になる。

くすんだ色の羽織と、いかにも古着屋で安いものを手に入れたのが見て取るようにわかる着物を身に着けた男二人がセイの目の前を横切る様に歩いていく。

今と違って、人の顔かたちは姿を変えてしまえばわかりにくい時代ではあったが、それでもセイの目は伊達ではない。セイと斉藤が見かけた時よりも精一杯、小ざっぱりとさせた男らは連れだって、花街の方へと歩いていく。

―― どうしよう……。もし、あいつらが本当に不逞の者達だったら

先日とは全く違う場所を歩いているとはいえ、場所が花街なら馴染みがいるはずだ。そうでなくても、一見であがった店に後で聞き込みをかければ少なくとも偽名だろうと名前はわかるかもしれない。

数瞬、迷ったセイは、草履の向きをざっと変えて、男達の後をつけ始めた。

ほとんど背丈の変わらぬ二人は、体格からすると永倉に似ていた。ひょろりとしているようでいて、その足腰はがっしりとしており、左右にふらりふらりと揺れる様に普段から歩く癖も似ている。

左右に体を流すのは実戦で危険を経験しているからだ。いつでもその身を振って敵の一撃をかわせるように、自然と体が動くのだ。

―― 強そう。この前見かけたときはそうでもなかったけど、こうして後ろを歩いているとよくわかる

もう一方の男は、歩いていても動くのは膝から下だけで、腰から上が全くぶれることがない。まるで、糸につられて滑る様にも見える。それだけ足腰が強いと言うことなのだろう。

朱色の飾りがきらびやかに立ち並ぶあたりを歩きながら男達は前を向いたまま、密やかに語らっていた。

「それにしても……」
「ああ。このところ急に同志たちが次々と捕らえられているな」
「いかにも」

まさに、彼らの同志たちの幾人かは、少人数の巡察で目をつけられ、住まいやねぐらを調べ上げられた者達ばかりだった。市中の巡察で新撰組に目をつけ られるような者達とは違い、密かに身を潜めている彼らこそ、次々と尽きることなく、増え続け、いく度も危険な真似をしかけている者達でもあった。

「我らは常に集まらず、かたまらず、身軽に潜んでいるからこそ、いざというときには膨れ上がる様に集まって、ことを起こせるのだ」

連絡網が整っており、一声ですぐに二、三十人は集まる様になっている。それこそが、自分たちが新撰組と渡り合えると思っている後ろ盾でもあった。

「次に事を起こすのはいつだ」
「次の晦日だ」
「晦日、か。晦日と言えば……」

市中の店に借りの多い武家や公家は、月の晦日になれば必ずといっていい。町人の出入りが激しくなる。それを狙って、どこぞの武家屋敷にでも襲撃をかけようと言うことらしい。

「それまでは、俺達もほどほどに遊んで、身を潜めておこう」
「ああ」

頷き合った男達は、そのまま大きな店構えの前を通り過ぎて、少し外れにある小さ目な店へを入っていった。

後をつけていたセイは、さて、と困ってしまう。男達の上がった店も、その左右の店も、セイはよく知っている。原田や永倉達に引き回されていれば嫌でも顔が広くなるのだ。

今すぐ店に入って、女将にそっと問いかければすぐにわかるだろうが、それは相手に気取られないとも限らない。

そう思ったセイは、近くの茶屋へと入り、店の中の格子越しに、店の入口を見張ることにした。

「おや、神谷さん。おいでやす」
「どうも。お茶と、柿羊羹をお願いします」

原田達を待っているときには近くの茶屋で時間を潰すことが多い。原田達の歩く店と、その周りの茶屋にはほとんど顔を覚えられていると言っていいかもしれない。

「へぃ。今日は早い時間のお供ですなぁ」
「いやぁ……」

余計なことは言わずに店の親父が茶を運んでくるのを待つ。柿羊羹は練り切りなどと違い、少しずつ切り崩して口に運べば、随分間が持つ。

セイは、一刻程度はかかるとみて、茶をすすりこんだ。

 

 

隊部屋に戻った総司は、山口からセイが外出したと聞いて、そうですか、と頷く。セイが用足しに出ることはよくあることでさて、と腰を下ろした。

「あれ。でも、それっていつごろ出かけて行ったんですか?」
「そうですねぇ。かれこれ半刻くらいはたつんじゃないですかねぇ」
「それは……少し遅いですね」

贔屓にしている薬種問屋だけに、屯所からそれほど遠いわけでもない。ふむ、と首を傾げた総司はよっと、呟いて腰を上げた。

「少し、出てきますね」

羽織と刀を手にすると、総司は急ぐわけでもなく、するりと隊部屋を抜け出ていった。山口達は、どこへとは問いかけなくとも、それがセイを迎えに行ったことくらいはすぐわかる。

当然だという風に隊士達は総司を見送った。

– 続く –