誇りの色 9

〜はじめの一言〜
大分間が空いてしまって申し訳ない。

BGM:
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一刻はとうにたった。

それでもさっぱり出てくる気配のない男達を待って、セイはまだ茶屋にいた。途中、遅くなることを考えて、薬種問屋へは使いを頼み、こと細かく書き留めて入用の薬を屯所に届けてくれるように頼んである。

「うー……」

初めから一刻はかかると踏んでいたが、これほど長尻になるとは思っていなかったために、そろそろ焦り始めた頃、店先に男達の姿が現れた。

「!」

すでに代金は支払い終えてある。視線の先で男達の姿を捕らえたセイは、すっと立ち上がった。

「ご主人、長居をしてすみません」
「いやぁ。お供も大変ですなぁ」
「そうでもないですよ。今回も内密に」

セイがここで待機している事は、いつも内密にしてもらっている。誰の供で立ち寄るのかわからないからだ。そのために、代金もいつも余分に支払っている。

心得顔で主人が頷くと、セイは素早く店を出た。男達は遊びつくしてきたせいか、先ほどよりはいくらか、足取りがゆったりしている。懐手にした二人がそぞろ歩きを装っている。

その男達の後をついて、セイは笠に顔を隠しながら道をたどっていく。結局、男達が姿をけしたのはセイが斉藤に話していた馳走屋の近くの町屋へと入っていった。
さりげなくあたりにいた者に探ったところ、ただの町屋ではなく、数珠に通す糸を作っている職人の家ということだった。

その話を聞くだけ聞いて、すぐにセイはその場を離れた。長居をして相手に気取られても困る。場所だけをしっかりと確かめて、足早に屯所に向かった。

戻る途中で、セイを迎えに出たものの、薬種問屋に現れた様子がないことであたりを探していた総司と行き会った。

「神谷さん!どこに行っていたんですか」
「沖田先生。どうかされたのですか?何か火急の?」

セイの姿を見かけて声をかけてきた総司に驚いたセイは、何かセイをわざわざ探しに来るようなことでも起こったのかと、まずはそれを尋ねた。
まさか自分を心配して総司が現れたとは思ってもいないセイをじろりと総司が睨む。

「……あのねぇ。啓養堂さんにも顔を出さずに何をしているんですか」

今度ははっきりと怒っている総司に、慌ててセイは頭を下げた。

「す、すみません!ちょうど啓養堂さんに向かう途中で知り合いに似た人を見かけたものですから」
「知り合い?」
「はい。似ていると思ったのですが、様子がずっと面変わりしていたので自信がなくて。それで後をついて行って、どこかで話しかけようと思っているうちに遅くなってしまったんです」

素直に口にすれば間違いなく総司に叱られることは目に見えているので、とっさにセイは言い逃れた。まだ不逞の者ともわからないものの後をついていったなど、いえるはずもない。

そんなセイの言い訳を信じたのかどうかはわからないが、腕を組んだ総司は頭を上げたセイと共に屯所へ向かって歩き出した。

「それで?知り人というのは?」
「あ、はい。えと、名前を知っているわけじゃないんです。以前、市中で通りすがりに出会った、感じの良い方とだけ」
「へぇ」

思いのほか総司がすんなりと受け入れたのは、日頃から新撰組であることをすぐに名乗る場合だけではない、ということはよくあることなのだ。

「似ているけど、どうしてもそうだ!って思いきれなくて、ついつい……。もし声をかけても相手の方の名前も知らないのでひどく具合が悪いと思ったら、気になるのに声もかけられなくて」
「あはは。そう言う事ありますけどね。神谷さんならいつぞやの……、と声をかけていそうじゃありませんか?」

確かにセイなら、気さくに声を掛け、間違っていてもかたじけない、と一声詫びればよいだけの事である。ぎく、と思ったが曖昧に言葉を濁した。

「それより、沖田先生はどうなさったんですか?」
「どうなさったって、貴女の帰りが遅いから気になって迎えに行ったんですよ。そうしたら、啓養堂さんには便りだけで貴女は顔を見せていないと言うし、どこへ行ったのかと思って心配していたところですよ」

それをきいて、もう一度総司に頭を下げたセイは、ちくりと胸が痛んだ。総司に対して、隠し事はしても嘘をついたことなどない。
随分陰ってきた日差しを見ながらセイは足を早めた。

 

 

外出することの多いセイだが、よほどの暇でもない限りふらふらと町を出歩くことなどそうそうできない。
あれから気にはなっていたのだが、なかなか時間も取れず、セイは馳走屋の近く部屋へ様子を見に行けずにいた。

そんなある日、珍しく隊部屋の前でぼんやりしていた斉藤が、離れたところにいたセイの姿を見かけて手招きをしてきた。

「兄上!今日はお珍しくゆったりとされていらっしゃいますね」
「うむ。今日は非番でな。酒を飲みに出ようか、さりとて、どうも腹が空いてきた気もするし、どうするかと考えていたところだ」

花街にでも足を向ようかと想いはしたが、それも億劫な気がして、ぼんやりしていたのだ。日頃忙しい斉藤だけに、こうして丸一日、時間ができてしまうとかえって持て余してしまうのだ。
セイは、かけまわしていた襷を外すと、着物を整える。組長格ならば、時間にも関わらず出歩くことは可能だ。よい機会にも思えた。

「そうでしたか。私もようやく人心地ついたところなんです。よろしければ先日の馳走屋にでもご案内しましょうか?」
「それだ。お前の顔を見かけたのでな。時間があるのなら付き合ってもらおうか」
「もちろんです。では、すぐに支度をして参ります」

頷いたセイが解いた襷を手にくるくると巻きながら隊部屋へと駆け戻っていく。と言っても、三番隊と一番隊の部屋は隣である。すぐ隊部屋の中に戻ると、行李に襷を仕舞い、羽織に袖を通したセイは、山口に声をかけると刀を手に斉藤の元へと戻る。

「お待たせいたしました」
「そんなに急がなくてもよいのだが」
「いえ!兄上の気が変わらぬうちに是非、お連れしたいので」
「そこまで言われるとますます、口にしてみたくなるな」

間違いはありませんから、と胸を叩いて見せたセイが先に立って、斉藤と共に歩き出す。屯所を出ると、小腹が空いたと言っている斉藤と一緒だと思い、少し足早に歩いて行った。

「ふむ。この辺りは職人の店や家々が多い気がするが」
「兄上、あちらです」
「む?」

少し先のあたりを手で示したセイは、まるで自分の手柄でも語る様に得意げな様子で斉藤を案内していった。

 

 

– 続く –