静寂の庵 12

~はじめの一言~
そろそろ終いの気配・・・・
BGM:ポルノグラフィティ 愛が呼ぶほうへ
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それから、本当に毎日時間をつくっては総司は南部の元へ足を運んだ。
セイの右の耳は、一度膿が抜けてしまえば元々聞こえていただけに、だいぶ回復してきていた。ただ、左側は深く入り込んで化膿したものが周囲へ広がりすぎていてなかなかよくはならなかった。

「あのう、このくらいなら屯所に帰ってもいいでしょうか」
「「駄目です」」

ちょうど化膿した部分を消毒して薬を塗るところに現れた総司と、治療していた南部が声をそろえて言った。セイは、もう全く聞こえないわけではないし、巡察には出られなくても雑用程度ならできるので、屯所に戻りたかった。

「神谷さん。貴女は一体どのくらい無理をすれば気が済むんですか?こうなったのも、無理を重ねていたから化膿したんじゃないですか」
「いや、南部医師。それは私が稽古の時に怪我をさせてしまったのがそもそも悪くて……」
「いいえ、沖田先生。仮に怪我をしたとしても、きちんと治療していればこんなことにはなりません。神谷さんは自覚がなさ過ぎますね」

顔はにこにこと笑顔のままなのに、さすがにあの松本の後輩だけある。総司さえ、ぴしりと決めつけられて、座っている背筋が伸びる。

「とにかく、まだ隊に戻るのは駄目です。よろしいですね?沖田先生、神谷さん」
「……わかりました」
「……はい」

しゅん、としたセイを置いて南部は部屋を出て行った。

「まあ、南部医師が言われるのは当然ですから」
「だって……」

俯いたセイがぽつりと呟いた。セイは耳が悪くなってからその声が小さくなった気がする。聞き取れなかった総司がセイの顔を覗き込んだ。

「どうしました?」
「……何でもないです」

決して、何でもなくはないだろうに、ぐっと塊を飲み込んだセイは唇を噛んで顔を上げた。そんなセイの手のひらに、総司は懐から包みを出して乗せた。

「今日は金平糖です」

かさりと包みを開くと、色とりどりの可愛らしい星型がいくつもある。それをみて、途端にセイの顔が嬉しそうに輝いた。

「うわ、すごい可愛い。ありがとうございます、先生」

本当に嬉しそうに指先で転がす様を見ているだけで、心が温かくなる。
その背後の障子が開いた。

「うわ、総司と重なったよ……」
「藤堂先生!」
「藤堂さん、そのうわって、ひどいなぁ」

顔を上げたセイと総司の前ににこにこと藤堂が現れた。セイの掌の上にある金平糖をみて、その笑顔が少しだけ嫌そうな顔になった。

「えぇ~、しかも土産も一緒って最悪……」
「藤堂さ~ん!」

懐から総司とは違う店の包みを取り出すとセイのもう片方の手をひいてその上に乗せた。
そのまま包みを開いて見せると、そちらは総司の物よりも少しだけ粒が大きくて、ころりとした飴玉のようだ。

きっぱりと総司の向こうを張った発言をする藤堂に、総司が情けない声を上げた。総司の隣に座った藤堂は、あっさりと言った。

「だって本当だもん。せっかく神谷のお見舞いに来たのに」
「私だってそうですよ!それに、今日はちょっと忙しくてそんなに長くいられないんですよ」
「それは俺も一緒だもん。うわー、もうなんか悔しいから総司、一緒に帰ろうよ」
「いいですよ」

「「じゃっ、神谷さん。またきます(くるね)」」

セイが一言も口をはさむ間もなく、二人だけで会話をすると二人はさっさと立ち上がった。それぞれセイに向かって声をかけると、部屋を出て行ってしまう。

「……あんなに、沖田先生と藤堂先生って仲良しだったっけ?」

後に残されたセイは、両方の手の上にそれぞれ違う金平糖を乗せたまま呆然と呟いた。
確かに、総司と藤堂は同年で、試衛館からの仲間である。昔から仲がよかったのはそうだろうが……。

セイには、二人の姿は羨ましく見えた。

彼等のように、並び立つような男同士であったなら、自分はどこまででも、どんなことをしても、どんな目に合っても、総司の傍から離れずにいられるのに。彼等のように、あの中に入っていられるのに。

「羨ましいなぁ、先生方」

手の上の色とりどりの金平糖が少しだけ悲しかった。可愛らしい菓子が、そのままセイの姿のようで、大事にされていることは十分に分かっていても、武士であろうとする清三郎の心が寂しかった。
華奢な肩も、弱い体もこんな風に寝込んでしまっている自分自身が情けなくて悔しい。

セイは、それぞれの包みをぎゅっと包み直して枕元に置いた後、左側を下にして、横になった。

 

 

 

「お見舞い、来てるんだね。総司」
「ええ」

屯所に向かう帰り道、藤堂は総司に向かってにやりと笑った。藤堂の顔をちらりと見た総司が、静かに答えた。その様子に、この間までの不安定さがなくなっていることに藤堂は気づいた。

「それってさ」
「藤堂さん」
「うん?」

じゃりっと立ち止まった総司に藤堂が振り返る。

「私は、神谷さんが神谷さんだから心配だし、放っておいたりなんかできません」
「じゃあ、認めるんだ?神谷のこと、大事だってさ?」
「……」

黙ったまま藤堂を見返す総司に、藤堂はきっぱりと言った。

「俺は大事だと思ってるよ。女の子としてね」
「……っ、と、藤堂さんっ」
「さすがに抱きあげたらわかるよ。如心選だなんて通用しないよね。女子だろ?神谷は」

焦る総司に藤堂はその肩を掴んで目の奥を覗き込むように告げる。嘘など許さないとばかりの動きに、総司の目が揺れた。元来、嘘が上手ではない。

「あっ……、の……」
「分かってるよ。俺だって誰にも言わないよ。でも、それはそれ。これはこれ。俺は神谷を気に入ってるからね。精一杯可愛がるし、頑張る」

誰にも言わない、という藤堂に総司は心底からほっと溜息をついた。ばれたと思った瞬間、心臓を掴まれたような気がしたのだから。
淡々と続ける藤堂の言葉がようやく、総司の頭にも入ってくる。真顔になった総司は、藤堂の手を肩から払い落した。

 

 

– 続く –