静寂の庵 7

~はじめの一言~
・・・いや・・・どうなんだこの展開・・・。すんません。
BGM:FUNKY MONKEY BABYS ALWAYS
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土方の部屋に向かうと、昨日の文で様子は理解していた土方が二つ返事で了承を返した。ただ、セイが副長室を出る間際に一言だけ土方が言った。

「お前が……いなくなったり、調子が悪いとすぐに、使い物にならなくなる奴が一人居ることだけ忘れるなよ。きっちり治してこい」
「……ありがとうございます」

セイは、まさか、と思いながら、セイを励ましすために言ったと思った。この素直ではない土方が時々こんな風に優しさを見せることを知っている。自分の未熟さでこんな風に気を遣わせるなんて、申し訳なくて仕方がなかった。

しょんぼりとして隊部屋に向かったセイは、荷物を片づけて着替えを手にすると皆に挨拶した。総司にも、もう一度話をしたかったがその姿が見えなくて仕方なくセイはそのまま屯所を後にした。

「自分の配下から逃げ回ってるのか」

隊部屋を出て行くセイを離れたところから見ていた総司は、背後から声をかけられた。まったくそちらに意識が向いていなかったので、がっくりと膝をつきそうになる。

「気配を殺して近づくのやめてくださいよ~」
「いつも通りだ。アンタがぼーっとしてるんだろう」

相変わらず的確に指摘してくる斉藤に、苦笑いを浮かべた。毎度のことに慣れてきている自分がいる。所詮、こうして斉藤にも藤堂にも自分は敵わないのだ。

「逃げてなんかいませんよ。ちゃんと話はしましたし」
「じゃあ、なんでこんなところでこそこそしてるんだ」
「斉藤さんこそこんなところにどうしたんですか?」

すうっと斉藤が目を細めた。いつもならそんなことはないと弱腰で去っていくのに、自分も同じだろうといわんばかりの切り返しだ。

―― 少しは練れた対応を身につけたか

「神谷は休暇だそうだな」
「ええ。怪我をさせてしまったようです」

どこか心ここにあらずという姿で答える総司に、これ以上何を言っても今のこの男はどうしようもないと思った斉藤は、一言だけ投げかけた。

「己の心を見誤ると、すべてを見失うぞ」

その一言は水面に投げ込まれた石のように、総司の心を波立たせた。
確かに愛おしいと思ったことは自覚しているが、それ以上、誰かと争ったり、悋気を起こすようなことはないはずだ。自分にはそんな資格はないし、そんなことなど望んではいない。ただ、セイが笑っていてくれれば、幸せでいてくれることだけを願っているのだから。

「見誤ってなんか……いませんよ」

拗ねた様に呟く声が、どうしても認めたくない心の内を表しているようでそれをもし斉藤が聞いていたら、もっと痛烈に指摘されていただろう。
どうしても、武士である自分を揺るがす想いなど認められないと抗ってしまう。

ふう、と考えることに疲れた総司はため息をついて稽古に向かった。

 

非番になった藤堂は南部の元にいるセイの見舞いに向かった。途中で、柔らかい羽二重餅を買うと懐に入れて、それを喜ぶ顔を想像しながら歩みを進める。

「すみませーん」
「はいはい。あ、藤堂先生」

玄関先に現れた南部に案内されて、藤堂はセイのいる病室へ入った。もう完全に聞こえていない左耳と、聴力が落ち始めた右耳のために、じっと横になっていたセイは感覚だけで顔を上げた。

「藤堂先生」
「神谷、調子どう?」
「はい。全然問題ないです!……って言いたいところですけど、今、ほとんど聞こえなくなっちゃって。自分の声だけが響いてて、何だか変な感じです」

無理をしないで具合が悪いことを言って、早く治せばよかっただろうに、無理に無理を重ねた上に、痛み止めを乱用していたのもあって、今のセイは一度すべての薬をやめている。
それから、両耳に穴をあけて膿を出し切ってしまえば、きっと元に戻るはずだった。ただ、それはとても苦痛を伴うものだったが。

「やっぱり、俺が気づいてすぐに、引っ張ってでも連れてくればよかったよね」
「そんな!藤堂先生のおかげで誤魔化せていたんです。それに、もしもっと前にわかっていたら沖田先生に隊から出されてしまってましたよ」
「でも、そんなの神谷は聞かないだろう?」

総司の傍にいたがっていることは分かっている、と藤堂に言われると、セイは首を振った。

「聞きたくなんかありませんけど、沖田先生が言い出したら局長も副長もその通りにされると思います。そしたら、私は命令に従わないわけにはいきません」

ひどく寂しそうな顔でセイが言うのを見て、じりじりしたものを感じる。藤堂からすれば、セイは十分よくやっている。ろくに話も聞かずにそんな扱いをしかねない総司も、その総司にどこまでもついて行こうとするセイもなんて不器用なんだろう。

「神谷はさ、そうまでして隊にいたいの?」
「……他に、いく所なんてありませんし」

聞かなければよかった。

つい口をついて出た問いかけに藤堂は失敗した、と思った。そんなわかりきったことを聞くために、自分は来たのではない。ただ、必死で具合の悪さを隠すセイが心配で、可哀そうで、辛そうで見ていられなかったのだ。

「ごめん。余計なこと言って。これ……あんまり食べてなかっただろう?少しでも美味しいものだったら食べる気になるかなと思って」
「わ、屋羅戸の羽二重餅じゃないですか。嬉しい」

久しぶりにセイのちゃんとした笑顔を見て、藤堂が密かに言った。

「……神谷は、そうやって笑ってる方がいいよ」
「え?ごめんなさい、なんですか?」

手渡された菓子に目が行っていて、藤堂の一言を聞き逃したセイが顔を上げた。床の上で、竹の皮に包まれた菓子に伸ばしていたセイの手を藤堂がぎゅっと握った。

「なんでもないよ。早く元気になりなよね。また見舞いに来るからさ」
「ありがとうございます。藤堂先生」

じゃあ、と言って藤堂は手を離して立ち上がった。ひらりと手を挙げると、藤堂は部屋を出て南部に挨拶してから、屯所に向かった。歩く藤堂の目の前に は、いつもセイを見守っている姿と、いつもセイを何かと構っている姿と色々と思い浮かんでくるが、ふっと口元には笑みが浮かんだ。

―― これから参戦してもまだ分がありそうだ

あの野暮天や、仏頂面の彼等に劣ることないものが自分にもある。
そう思うと、可笑しくて仕方がなかった。彼等に張り合うためなのか、何なのか今はまだはっきりと分からないけれど、自分はどうやらセイを気に入っていることだけは自覚した。そして彼等を出し抜いたときに優越感を感じることも。

「まずは宣戦布告、かな」

ぺろりと口の端を舐めて、藤堂は楽しそうに屯所に向かって歩いていた。

 

 

– 続く –