静寂の庵 8

~はじめの一言~
うん。。決めました。
BGM:FUNKY MONKEY BABYS ALWAYS
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宣戦布告と言いながらも、数日は何事もなかったように藤堂は動かずにいた。その間に、一度も総司がセイを見舞っていないことを知りながら、知らぬふりで時間を作っては南部の所にセイを訪ねている。

「か・み・や」
「藤堂先生!毎日すみません」

蜜柑を手に現れた藤堂に、セイが床から起き上がった。日に日に聞こえなくなったセイのためにゆっくりと口を動かす。
起き上がったセイの膝の上にぽいぽいっと蜜柑を落とすと、いつものようにセイの布団の傍に腰を下ろした。

「今日は蜜柑にですか?嬉しい。でも食べ過ぎると手が黄色くなるんですよね。知ってます?」
「黄色くなるほどはないよ。やってみたいならまた買ってくるよ」
「やだな、冗談ですよ。毎日気を遣わないでくださいね。いらして下さるだけで嬉しいんですから」

にこっと笑ったセイは、ずっと横になったままで起き上がると目眩と吐き気が酷いらしくほとんど食べていないという。こうして藤堂が顔を出しているときだけは、普通にしているが一人でいるときはだいぶ落ち込んでいると、南部から聞いた。

何日目かに南部がこっそりと藤堂に伝えたのだ。藤堂が訪ねてくることが気晴らしになっているらしく、時間があればこのまま顔を出し続けてほしいという話だった。

「沖田先生がいらっしゃるかと思っていたんですが……」

南部が苦笑いを浮かべていたのをあっさりと受け流して、セイの前には知らぬふりで座っている。

「そういえばさ、総司は見舞いに来ないの?」

分かっているくせに、藤堂はわざとセイに問いかけた。寂しそうな笑みを浮かべてセイが首を横に振った。

「休暇をお願いするときもあまりご機嫌がよくなかったから。きっと、私が何か良くないことをして怒らせてしまったんです。きっと忘れていらっしゃいますよ」
「そうかな……」

真っ直ぐに見詰めた藤堂に、セイの笑ったままの顔から涙が落ちた。

「あれ?やだな、何でだろう?」

ぽろぽろと流れだした涙に、セイは自分で不思議そうな声を上げた。手の甲でどんどん流れてくる涙を拭っても拭っても止まらなくて、おかしいな、と自分で呟いている。
見かねて、藤堂はセイの頭に手をのばしてその懐に引き寄せた。

「大丈夫だよ」

ぎゅっと胸に押しつけるように引き寄せられて、セイは声を上げて泣き出した。

もしかしたらこのまま、聞こえなくなってそれきりになるのではないか、もう二度と隊にもどれないのではないか、もう二度とあの声を聞くことができないのではないか。

日に日に不安だけが膨らんで、いくら南部が大丈夫だといっても、頭では分かっていても怖くて、怖くて、一人でいる時間にどれだけ泣いただろう。
今までなら、総司が必ず様子を見に来てくれたのに、今回はついに見放されたのか一度も現れることもない。

ほとんど聞こえてはいないセイの背中を優しく撫でながら、藤堂はその小さい肩を支えているのが自分だということに喜んでいた。精一杯、気丈にしていても怖くて仕方がないのだろう。
そんな姿が可愛いと思った。

しばらくして、泣きやんだセイが恥ずかしそうに顔をあげて藤堂から離れた。

「ご、ごめんなさい。……藤堂先生」
「いいよ。神谷の泣き虫は有名だから」
「ゆっ、有名って!!ひどいです」
「あはは。事実だもん。じゃあ、そろそろ行くね」

藤堂は立ち上がってから、少しだけ早口になった。

―― ねえ、神谷。このまま総司が来なかったら、俺が迎えに

「―― くるよ?」
「はい?ごめんなさい、聞き取れなくて……」

顔を上げたセイが必死に口の動きを読んでいる。ふっと藤堂が笑った。

「いいよ。またね」

ひらりといつものように手を挙げて、藤堂は屯所に帰っていった。
セイは、藤堂がいた場所にそっと手を伸ばす。不安な時間が藤堂の温かい気配りで少しだけ和らいでいた。

枕元に藤堂が持ってきた蜜柑を置くと、セイは横になる。寂しさと不安の間で、今だけは少し安心して眠れそうだった。

 

 

屯所に戻った藤堂は、セイの見舞いに行き始めてからずっと避けていた総司を探した。ちょうど巡察から戻った一番隊を見つけると、藤堂の姿をみて一瞬、総司の顔が強張ったのを見逃さなかった。

「総司、ちょっといいかな?」
「なんでしょう?巡察から戻ったところなので、少しだけ待ってもらえますか?報告と着替えてしまいたいので」
「いいよ。待ってるよ」

そう言うと、藤堂はあっさりと総司から離れていった。藤堂が少しぶりに見た総司は、寝不足がくっきりとその顔に浮かんで、まるでぴりぴりと放電するような気を放っていた。
どのくらいひどいのかは、平然と話しかけた藤堂に対して一番隊の隊士達が尊敬の眼差しを向けたくらいだ。

当たり散らされた一番隊の面々も困っていたのだろう。苦笑いを浮かべて藤堂は隊士達に軽く手を挙げて隊部屋に戻った。
用がすめば、じきに総司がやってくるだろう。

ぼーっとして待っていると、いくらもしないうちに総司が現れた。

「お待たせしました」
「早かったね」
「ええ、まあ」
「なんの話か、わかってるんだ?」

にこっと邪気のない笑顔を向ける藤堂とは対照的に総司の顔はどこか強張っている。
場所を変えようと言って、藤堂は総司を外に連れ出した。いつもセイが密かに稽古している竹藪まで来ると、藤堂は総司を振り返った。

「あのさぁ。総司、何で神谷の見舞いに行かないの?」
「それは……、藤堂さんが行って下さってますから」
「俺が行ってるの、知ってるんだ?」

藤堂が毎日セイの所に顔を出しているのは、聞かなくてもすぐにわかった。セイがいなくなって、藤堂の様子を見ていた総司は、セイのところへ出かけて行く姿にすぐ気がついたのだ。
とはいえ、藤堂はセイが女子であることを知らないはずだ。

「なんとなく……、ですけど」
「ふうん。それで総司はいいの?」
「いいも悪いもないですよ。神谷さんは藤堂さんを頼りにしてるんでしょうし」

ぼそぼそと藤堂の顔を見ないようにして答える総司に、藤堂は腕を組んだままニヤリと笑った。

「そうだよね。神谷ってば本当に女の子みたいでまいっちゃうよ。泣いてるのを抱き締めて慰めてあげたんだけど、ほんとにあの肩とか華奢でびっくりしちゃうよね」
「泣いてって、何かあったんですか?!」

藤堂の言葉にはっと顔を総司が顔を上げた。藤堂の胸元を掴みそうになりながら、問いかけた総司に冷たく藤堂は言った。

「総司には関係ないだろ?神谷は俺が貰ってもいいけど?」

挑戦的な藤堂の目に総司はどうしていいかわからなかった。ただ、セイが泣いているということの方が今の総司には大きい気がした。

 

 

 

– 続く –