暑気払い

〜はじめの一言〜
もっと暑い頃にかいたお話です。

BGM:嵐 ファイトソング
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

夏場は暑いと相場が決まっているが、その年の夏は例年以上に暑さがひどく、隊士達も暑気あたりを起こす者が多かった。そこで、屯所では何度も手を替え品を替え、暑気払いが行われていた。

そして、今日は御影堂を借り受けて直堂と呼ばれる監督者に斉藤を立てての座禅会が行われていた。巡察に出ていないもので、手が空いている者達は皆、参加ということになっており、セイも流れる汗を押さえて座っていた。

「暑い……」

小さくぽつりと呟いたセイにぴしゃりと肩に痛みが走った。そんなつもりはなかったのにうっかりとつぶやいてしまった。そのまま、黙っていれば叩かれずに済んだかもしれないが、首を流れる汗が気持ち悪くて思わず、口をつく。
監督者である斉藤の警策が見事に響く音を立てて打ち下ろされたのだ。

「~~っ!」

無言で顔が引きつったが、動けば再び警策が飛んでくる。奥歯を噛みしめてセイは軽く頭を下げると、背筋を伸ばして呼吸を整えた。大きく深呼吸すると肩の痛みが少しずつひいてくるようだ。

残暑がひどいと、何もかもがやる気がなくなる。全体稽古も何もかも、どうしても皆だらけた空気が広がってしまうのだ。
稽古をつける、各隊長たちがいくら稽古を厳しくしても、こればかりはどうしようもない。暑気あたりになる者がこれだけ多くなると、巡察にも影響が出てくるのだ。

となると、厳しくするだけではない手段を模索する必要が出てj来るというわけだ。

すうっとあちこちで静かな呼吸だけが響いている。人数の割に皆の呼吸の音と、表の蝉の泣き声だけが御影堂の中に響いている。これでも薄暗く、天井の 高い御影堂はあちこちの障子を開けはなっていることもあり、表や隊部屋よりも涼しくて時折冷えた風が吹いてくるだけましなのだ。

皆、首筋を汗が水を浴びたように流れていく。膝の裏にじっとりと汗が滲み、不快感を覚えるが、じっとそれに耐えていた。もう少しで線香が燃え終わる。
セイの隣に座っている総司はピクリとも動かない。

細く、薄暗い御影堂の中に線香の煙の一筋がゆっくりと流れた。

「終いだ」

正式な僧坊で行われるわけではないので、鐘もないため、終いの合図は斉藤の一言だった。あちこちで、瞑目していた目をあけた者達がため息とともに流れる汗をぬぐい、痺れた足を延ばしている。

「いたたっ」
「足、痺れたんですか?」
「う、はい……」

修業が足りないと言われるのはわかっていたが、線香一本分とはやはり長い。足を延ばしたセイが妙な格好でもがいているのをみて、隣に座っていた総司は平然と向き直った。

情けない顔で頷いたセイは何とか普通に振る舞おうとするが、ジンジンと神経にサボテンの針でも押し付けられたような痛みが走る。
くすくすと笑いだした総司がセイの足に手を伸ばすとぐいっと足の指を引っ張った。

「あだだだっ!!先生!痛いです」
「こうしないと早く戻りませんよ」
「いーーだーーーっ!」

叫んでいるセイの背後で、白々とした一番隊の隊士達が、セイと同じように足の痺れと戦いながら四つに這っている。無言を通しているのは、当然ながら監督者である斉藤がまだそこにいるからだ。

「……何をしている」
「あ。斉藤さん。監督、お疲れ様でした。神谷さんが足が痺れたっていうんですよ。修業が足りないですよねぇ」

呑気な顔を上げた総司があはは、と笑うのを聞いて斉藤が怒鳴りつけた。

「だから!!なんであんたが部下の足をほぐしていると聞いているんだ!」
「え?そりゃ、神谷さんが痺れたっていうから……」

ぎり。

堂々巡りのような全くかみ合っていない会話に斉藤が手にしていた警策を握りなおす。四つに這っていた隊士達の手足が徐々に痛みよりも危険を察知して早く動き出した。

「お~ま~え~っ!!」
「ちょっ!!斉藤さん!!目が怖いです!!」

ぎらぎらとした斉藤の顔を見た総司がセイの足を放り出して、後ろに後ずさった。

警策を握りしめた斉藤が総司を見下ろしながらじりじりと総司に迫る。驚いた顔でセイが斉藤と総司の顔を見比べていると、憤怒の顔の斉藤が総司に向かって警策を振り上げた。

「うるさい!!お前はもう少しなんとかならんのか!!」
「きゃーっ!!斉藤さん!危ないですってば」

顔色を変えてセイの足を放り出すと、一目散に道場を逃げ出した総司の後を追って斉藤が走り出す。その姿を見ていたセイは、ぽけっとしているうちに足の痺れも忘れてしまった。

「先生方……。さすが、この暑いのに、元気」

思わずつぶやいたセイに、背後の隊士達が首を振った。げんなりした山口が黙っていられずに口を開く。

「神谷……。その感想は間違いなく違うと思うぞ」
「そうかなぁ?」

『間違いなく違う』

そんな言い方もどこかおかしいが、皆暑さにやられて口をつく言葉がおかしくなっているが、聞く方もおかしいので大した問題にはならない。

よっと、声をかけて立ち上がったセイは、総司が立ち上がりざまにきっちりとおいていった手拭いを手に取ると、すたすたと隊士棟の方へと歩きだした。
残った隊士達は徐々に回復した者から互いに手を貸し合って立ち上がる。だが、せっかく座禅を組み、迷走して暑さを滅却しようとしたはずがさらに熱くなった気分になっているのはなぜだろうと思う。

―― 沖田先生とお前のせいできっと間違いなく、ますます暑くなったんだからな

そうに決まってるだろ!という隊士達の心の声をセイだけは全く気付くことなく、道場の大きく開けた戸の向こうを賑やかに走り回っている斉藤と総司をの姿があちこちの障子の向こうに見え隠れしていた。。

 

– 終わり –