泣き虫毛虫あぶらむし

〜はじめの一言〜

BGM:嵐 ファイトソング
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「いーーーーやーーーーっ!」

屯所中に響く様な絶叫が響く。
隊部屋にいた総司達がその悲鳴に顔をあげて眉を顰める。

「……神谷さん?」

これだけ絹を引き裂く様な甲高い悲鳴となれば、隊部屋にないはずの小柄な隊士以外にありえない。
ごそごそと一番隊と並びの三番隊の隊部屋から隊士達の顔が覗く。
部屋をでた総司が声のした方向に向かうと、賄いの片隅に蹲っている姿がある。

「神谷さん?」

そっと近づいて蹲っている背中にそっと手を乗せると、びくっと飛び上がるほど怯えたセイが涙にぬれた顔を上げた。

「おっ、沖田先生っ」
「どうしたんです?一体」
「あっ、あぶらっ、むしっ」

ひっく、としゃくりあげるセイに、ああ、と天井を仰いだ総司がため息をついた。

「どこに?」
「せんせ……に、お茶……」
「お茶を入れようとしたんですね?」

こくこくと頷くセイをみて総司がすぐその周りを見渡した。セイが開けたであろう茶櫃の蓋が転がっている。
それを覗き込みながらセイを振り返った。

「ここに?」

黒い塗の茶櫃の中では灯りがついているとはいえ、夜では一瞬わからないのも無理はない。
しゃくりあげたセイがぷるぷると震える手を伸ばした。

「蓋、開けたらっ」
「飛び出してきた?」

それで思わず悲鳴を上げたのかと問いかけると、セイが泣きながら首を振った。
周りを見回しながら総司がセイの傍に戻ると、手を震わせている。はて、と首をひねりながらその手を取ると、手が震えっぱなしである。

「落ち着いてくださいよ。どうしたんです?いつまでも油虫くらいでおかしいですよ?」

なんとか宥めようとした総司がセイの背中に手を伸ばすと、どうももう片方の手で袖を力いっぱい握りしめていたらしい。
肘のあたりがぎっちりと握りこまれている。

「神谷さん?」
「おっ、お茶を入れようとしたらっ、急に黒いのが飛び出してきてっ!!この……」

震えるセイの言わんとすることがそれでなんとなくわかった気がした。総司はセイの腕をまくり上げて、袖の裏を返した。

「ほら。もう大丈夫ですよ。いませんから。どこかに行ったんでしょう?」
「わっ、わかんなくてっ、腕振ったんですっ!!」

どうやら茶櫃をあけたところ、手の甲を走り出てきた油虫が駆けたのだろう。着物の内側に入り込もうとする油虫に悲鳴を上げて腕を振り回したものの、怖くて確かめることもできず、もう片方の手で入り込まない様に肘のあたりで押さえていることで精いっぱいだったらしい。

ぐちゃぐちゃの顔で泣いているセイの頭をよしよしと撫でながら、賄の入口から頭だけたくさん生えている隊士達を振り返って、苦笑いを浮かべた。

なんとなく収まりがついたらしいことを察した一番隊の隊士達が肩を竦めてほかの隊の隊士達を促して隊部屋へと戻っていく。

「いつまでも泣いてたらおかしいですよ?」
「は、はい。でも……、驚いて」

確かに油虫が手を這い上ってきたら男でも飛び上がるだろう。しかもセイは苦手だと常々ぼやいていた。

見回してもとうにどこかへ逃げて行ったはずの油虫を追いかけても仕方がない。
セイの肩を抱いて引き起こすと、茶櫃の蓋を閉めて灯りを手にした。壁の灯りは消して、手燭を掴むとセイを連れて賄を出る。

「そのままじゃ気持ちが悪いでしょう?着替えますか?それとも風呂に入ります?」

しゃくりあげながら、セイが顔を上げた。

「す、すみません。よかったら……お風呂をいただいてもいいでしょうか」
「構いませんよ。じゃあ、見張りに立ちましょう」
「……いつもすみません」

こく、と頷いたセイは、しょんぼりと肩を落としている。驚いたとはいえ、武士が油虫程度で叫んでしまったことも、すぐには立ち直れないくらい気持ちが悪かったことも、情けなくて、恥ずかしくて、落ち込んでしまう。

セイの思惑など、手に取る様にわかった総司は、湯殿まで来るとわざとセイの顔を覗き込んだ。

「いつまでもそんな顔をしてると、心配じゃないですか」
「すみません……」
「心配だから一緒に入りましょうか?」
「……は?」

すみません、と頭を下げていたセイが頷きかけてぴたっと止まった。ようやく頭に届いたらしい。
顔をあげて固まったセイの鼻先をつつくと、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。

「だって、このままじゃ神谷さん、また風呂場でも叫びそうですからね」
「さっ!!叫びません!!」
「油虫はどこにだっていますよ?」
「もう!!だいじょうぶですっ!!」

ぶん、と頬を膨らませたセイが風呂場に入っていくのをみて、くすくすと総司が笑い出した。
こうでなくてはならない。

どうせ、明日の朝には今の叫びをききつけているだろう、土方からもお小言があるはずだ。

「神谷さ~ん。油虫がいないか見てあげましょうか~」

がこっ

桶を投げつけた音がして、湯殿の中からセイが言い返してくる。

「結構ですっ!」

油虫の気持ちの悪さも忘れて頬を膨らませたセイは、手早く着物を脱いで湯をかぶった。

―― 先生の助平っ!!

– 終わり –