闇に光る一閃 1

〜はじめの一言〜
戦闘系です!いくぞ~
BGM:Bon Jovi It’s My Life
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たまたま居合わせたということだけで、土方の使いを頼まれたセイはむくれながら外を歩いていた。
一番隊にもどったというのに、慣れているということだけで、土方はよくこうしてセイを使い立てする。それを見ている総司がいいと言ってしまうのだから、セイも拒否できずにこうして出かける羽目になってしまう。

ただし、今日はあまりに急ぎで重要だったために、ほかに頼む術を持たなかったともいえる。

「そんな面すんな。ほれ、これを駄賃にくれてやる。だから急ぎで頼む」

命令口調で逆らえば何を言われるかわからない土方が本気で焦っていたらしく、ぽいっと一分銀を握らせてセイに文を押し付けた。

渋々、それを引き受けたセイは、一番隊の稽古を抜けて表に出たのだった。

町飛脚をつかわずに、文を届けると帰り道に貰った駄賃で小さな茶店に立ち寄った。急ぎだというので、大急ぎで稽古着を着換えて、飛び出してきたのだ。

「お茶をひとつ」
「はい!あっ!お武家様は……」

何の気なしに立ち寄った小さな茶店だったが、若い店主の顔を見てセイも気が付いた。先日、思いがけずに立ち寄った店で、饅頭がうまいと総司が店に合った残り分全部を食べてしまった店だったのだ。

「あ!!あの時の!すみません。あのときはお店のお饅頭、全部食べちゃって」
「いえいえ。あれほど召し上がっていただくほど気に入っていただければ本望です。あのときのお連れ様にもよろしくお伝えください」
「わかりました」

嬉しそうに言う人好きのする店主にセイも思わずにっこりと頷いた。
少し待ってください、というと奥に入り、小さな盆に茶と饅頭を乗せて戻ってくる。

「どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」

代金を払ってセイは饅頭に手を伸ばした。皮が黒くて蒸し具合が何とも言えない。総司ほどではないが、セイもこの饅頭が気に入っていた。
セイは懐に入っている一分を思い出して、茶を飲み終えると振り返った。

「すみません。ご亭主」
「はい。錆蔵と申します」
「錆蔵さん。私は神谷と言います。お饅頭なんですが、これで買える分だけ土産にしたいのですが」

錆蔵の手に一部を差し出すと、受け取った錆蔵が目を丸くした。この時代、蕎麦が十六文から二十四文、天神との一夜遊びで格下の店で一分である。

「とんでもございません。これじゃあ店の饅頭を総揚げしても間に合うものじゃありません」
「じゃあ、この後の商いに差支えちゃいますよね。じゃあ、その半分でどうでしょう?」

初めは冗談かと思っていたが、真面目な顔のセイに本気で言っているのだと思うと嬉しくなった。一分銀を押し頂くとすぐに奥へと入って行った。
山盛りの饅頭を籠に盛って風呂敷で包むと急ぎ、銭をかき集めた。

「お待たせいたしました」
「いえ。お手数掛けました」
「あいにくとおつりがございませんで」

風呂敷と一緒に2朱と小銭をざらりとセイの手の上に乗せてきた錆蔵は、申し訳なさそうに頭を掻いた。半分なら二朱でいいはずだが、山盛りの小銭では釣り銭としては多い。

「……って、これ、多いですよ!」
「いえ、ちゃんと数分だけ頂戴しております。これだけ気に入ってくださってありがとうございます」

首に巻いていた手拭を取って、錆蔵は深々とセイに頭を下げた。よほどに嬉しかったのだろう。
年のころは原田や永倉と同年くらいに見える錆蔵にセイがにこっ笑った。素直につり銭を財布にしまうと、風呂敷を抱える。

「じゃあ、遠慮なく。私一人だけお邪魔して、お饅頭食べたって言ったら後で恨まれちゃうんでこれで助かります」

総司の顔を思い浮かべたセイに、錆蔵があの連れの、と笑った。

「是非またおいでくださいまし」

深々と頭を下げてセイを見送った錆蔵に手を振ると、屯所へと歩き出した。

 

 

副長室へと報告に現れたセイの前に、予想通りの人物がいる。

「おかえりなさい。神谷さん」
「……沖田先生。お暇なんですか?」

にこにこと茶をすすりながらセイを待っていた総司に、挨拶をするより先にうっかりと本音を口にしてしまった。すぐにむくれた顔の総司がせっかく待ってたのに、とぶつぶつこぼしている処に土方が振り返った。

「で?どうだった?」
「あ、はい。ちゃんとお渡しできました」
「そうか」

あからさまにほっとした土方を総司とセイがまじまじと見てから、土方が気づく前にすっと視線を逸らす。こういう素の表情を見られることを土方が極端に照れることをよく知っている二人だけにこの辺りは手慣れたものだ。

「あの、帰りにお饅頭を買ってきたんですけど、副長。一休みされませんか?」
「お?」

今日の大きな仕事はセイに頼んだ文だったらしく、突然余裕が生まれた土方は筆をおいて向き直った。セイは、脇に置いていた山盛りの風呂敷を目の前において、ぱっと中身を見せた。

そこには、黒い饅頭が山になっていて、一見何が何だかわからない。興味を持っていたはずの土方の顔が曇ったが、総司はすぐに思い出したらしい。

「あ!!これ、あれですね」
「はい。沖田先生の事、覚えてましたよ?」
「あはは。だっておいしかったんですもん」

そういうとぱっと手にした総司は土方に一つを見せた。

「ほら、土方さん。これ、黒饅頭ってところの人たちは言うらしいんですけどね。皮が黒いんですけど」

土方の顔の前で二つに割ると、中は餡に向かって皮の色が白くなっていき、よく練り上げられた餡が姿を見せた。

「ほお」
「ね?おもしろいでしょう」

まるで自分が作ったかのように話をする総司に、セイがつん、と鼻を高くした。

「沖田先生。今日は違う食べ方も教わってきたんですよ。ですからお茶、入れなおしますね」

まだ食べないでくださいね、と総司に釘を刺してセイは隊部屋で羽織を脱ぐと新しい茶と火鉢に乗せる網を取りに賄へ向かった。

 

– 続く –