独り草~後編~<拍手文 36-39>

〜はじめの一言〜
総ちゃんが過保護すぎるお話です。
BGM:
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どこに行ったのかと思いながら道場をでた総司の視界に、真っ暗なはずの月明かり以外の微かな灯り入った。

「……えっ?」

顔を振ってみてもそこには真っ暗で、一瞬見えた赤い光は見えない。 少しだけ考えた総司は、真っ暗な中を歩いて庭に下りた。庭下駄ではなく、草履をはくとひっそりと歩いて蔵へと近づいた。

外の扉が少しだけ開いたままになっていて、内側の扉越しに微かに灯りが洩れている。そっと覗きこんだ総司は、そこに探していた人の姿を見つけた。

「こんな時間まで……」

静かに音を押さえて内扉を開けた総司がひっそりと声をかける。薄暗い中でセイが振り返った。

「沖田先生」
「貴女、夕餉はとったんですか?何もこんな時間までやらなくてもいいじゃないですか。こんな仕事……」

何をしているんだと呆れた総司に、セイが困った顔で目を伏せた。

「でも……、なるべく早い方がいいんですよね」

はっと、息を飲んで総司はうっかりと口を滑らせた自分に舌打ちしそうになった。自分がなるべく早く調べたいとセイを屯所にとどめるために頼んだというのに。

「神谷さん……」

薄暗い蔵の中にわざわざ灯りが漏れないように芯を短く切った手蜀の灯りを頼りに細々と書き綴っていたセイは、書き留めていたものを置いて、矢立をその脇に置いた。

「早く終わらせたら……」

早く終わらせたら一番隊に戻れる。
また次に置いて行かれる時まで。

今にも泣き出しそうな顔をしたセイに総司は、セイが怒っているのではなくて、本当は深く傷ついていたことを思い知った。そうっと冷え切った体を両腕の中に抱え込んだ総司が、低く囁いた。

「ごめんなさい。神谷さん」

セイの眉が八の字に歪んで我慢できずにじわっと涙が滲んできた。口がへの字になって、ぐっと噛み締めていないとぼろぼろと泣きだしてしまいそうなセイの背中を優しく撫ぜた。

「ごめんなさい。私が、ひどいことをしましたね」
「違い……ます。私が未熟なのが……」

ふえぇん、と泣き出したセイに、なんどもごめんなさい、と繰り返した総司は、腕の中に抱えた小さな肩にたくさんの感情が溢れてきた。

初めは、セイを騙して傷つけた事に後悔の念が湧いていたが、抱えた小柄な肩が震えているのを感じて、無意識に抱き寄せている手に力が入る。
守りたいという感情と、腕の中にある満足感と、置いて行かれる悔しさに震える肩が可愛らしくて。

「沖田先生、ちょっと、苦しい、です」
「あっ!あっ、ああっ、すみませんっ!」

感情に任せてぎゅっと力任せに抱きしめていた腕をあたふたと総司は離した。目尻に涙を残したまま、セイが総司から離れて、手の平で頬を拭った。
そして、手の甲で目尻に溜まっていた涙を拭うと、セイの手に残った涙の欠片が、心もとない手蜀の灯りを少しだけ跳ね返す。

「……っ?!」

自然に伸ばされた手がセイの手を掴んで、小さく灯りを跳ね返した欠片をぺろりと舐めた。

「ひゃっ!沖田先生?!」
「あっ。なんか傷みたいに見えてつい」
「ついって……」

真っ赤になったセイは、ここが薄暗くて助かったと思った。明るい下ではきっと、赤くなった頬の言い訳ができない。自分の行動に呆然とした総司は、どこか夢を見ているように呟いた。

「どうしたんでしょうね。私は……。これじゃあまるで……」

言いかけて自分の考えに真っ赤になった総司が口元を覆った。

―― これじゃあまるで恋仲の二人みたいで

どうしようもなく互いに動くに動けなくなったところで、蔵の外からことん、と音がした。助け舟とばかりに総司がそちらに向かうと、もうひとつ、普通の明るさの手蜀と、盆の上に乗せられた握り飯に茶が乗せられている。
そんなことをする相手といえば斎藤くらいしかいない。

ふ、っと笑った総司がセイを振り返った。

「貴女を心配して握り飯が届きましたよ」
「えぇ?!」
「さ。ありがたく頂いてしまって、今日はもう仕舞いにしましょう?明日、私も手伝いますから」

手蜀が増えて、蔵の中に灯りが広がる。握り飯を前にしたセイのお腹が急にぐぅぅっとなって、セイが赤くなった。

「馬鹿ですねぇ。夕餉くらいちゃんと食べればよかったのに」
「だ、だって……」

拗ねたように言いながらセイは握り飯を手にしてぱくっと口に入れた。小さめに握られた握り飯は、外側に少し強めに塩を効かせてあり、添えられた沢庵と渋茶が空腹のセイにはとても美味かった。

小さな猪口が添えてあり、酒かと思った総司がそれを手にすると、アンタの分はないと言わんばかりの斎藤の顔が思い浮かんだ。猪口からは酒の匂いなどせず、ほんの一口ばかり入っていたものはただの水で。

総司は心の中で斎藤に小さく詫びた。

―― すいません、斎藤さん

「沖田先生?どうかされましたか?」
「いいえ。明日、ちゃんと握り飯のお礼をしなくちゃなと思っただけです」
「どなたですか?私もお礼をしなきゃ」
「貴女はいいんですよ。私が悪いんですから」

にこっと笑った総司が手を伸ばして、セイの頬についていた米粒をとる。最後の一つを手にしたセイが少しだけ俯いた。

「沖田先生」
「はい?」
「あの……。上手に、上手に騙してくださいね。私、ちゃんと騙されておきますから。いつか置いて行かれなくても済むように、先生が安心して連れて行ってくださる時まで」
「神谷さん……」

知っていて、騙されておくというセイに、総司は自分の中で整理がつかない感情のままにきっぱりと言った。

「もう置いて行きません」
「えっ」
「その代わり、必ず私の傍にいなさい。すぐ手の届くくらい傍に」
「いいんですか?!」

最後の一口分を思いあまって握りつぶしたセイは、わたわたと慌てて、米粒を口に入れて手についた米全てをきれいにすると上目づかいに総司を見た。

「まったく……。そんなんで本当に大丈夫ですかねぇ」
「絶対!お傍から離れません!」
「はいはい。さ、もう遅いですからさっさと片付けてしまいましょう」

食べ終えた盆を手にすると、セイを促して蔵から出た。賄いへと盆を戻しておいて、セイは手を洗うと、総司と共に隊部屋へ戻りかけて、目の前の袖をきゅっと掴んだ。

振り返りかけて赤くなった総司はセイの顔を見ないように先に立って隊部屋へと戻る。
隊部屋の床にそそくさともぐりこんだ総司の耳が真っ赤で、寝たふりをしている隊士達は一様に、二人が仲直りして戻ったことを察した。

結局いつもの事ながら、こうして周囲を心配させるだけ心配させて仲直りするならさっさと仲直りしてほしい、と一番隊の面々は切実に思っているのだった。

– 終わり –