闇に光る一閃 10

〜はじめの一言〜
いや~。終わります。w
BGM:Bon Jovi It’s My Life
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「今夜は熱が出るでしょうからここでおやすみなさい。傍についていますから」
「沖田先生が?」
「ええ。仕方がなかったとはいえ、貴女に怪我をさせましたから」

医者に見せてはいないとはいえ、剣で鍛えた総司には自分が打ち込んだ威力が如何ほどのものか十分にわかっている。
折れてはいないかもしれないが、ひびくらいは間違いない。

「それには及びません。私こそ、新選組の隊士が、敵に掴まってあのような無様な姿をさらして申し訳ありません」
「そうですねぇ」

確かに油断や気の緩みではないが、士道不覚悟と言われても仕方がないところではあった。それでも、総司はセイの顔を見て、その額に冷たい手拭を乗せた。

枕元の石田散薬を見てから総司はそれを飲ませようか、どうしようかと迷った。石田散薬は酒で飲む。よく効きはするが、かなりつらいのは身をもって知っている。

「じゃあ。これを飲むのが貴女の罰ですね」
「えっ」

驚いたセイが何を、とおもった目の前に総司が石田散薬の袋を見せた。一気に顔色の悪くなったセイは、うー、っと小さく唸ってから、総司の手を借りてゆっくりと起き上がった。

「失礼だとは思いましたけど、さらしの上からきつく、もう一枚巻いておきました。少しは楽なはずですよ」

セイが息苦しいと思ったのは、確かにさらしの上からもう一度きつめにさらしで巻き付けられていたからだ。腕なら添え木を擦ればよいが、胴ではそうもいかない。

酒で飲むべき、ではあるが、本当は白湯でもいい。総司は湯呑に白湯を注いで差し出した。苦い薬の匂いに目を瞬いたセイが、涙目で何とか薬を飲み下す。

「こんな苦い薬を考え出した人を蹴っ飛ばしたいです」

飛び上るほど苦い後味に残りの白湯を飲んだセイが、恨みがましく空っぽになった湯呑を覗き込みながらそう呟いた。ぷっと吹き出した総司は、湯呑にもう少しだけ白湯を足してやる。

「元気になったら蹴っ飛ばしにいったらどうです?」

あそこの部屋にいますから、という総司にもっと恨みがましい視線を向ける。できっこないことをわかっていて意地悪を言うものだ。セイから湯呑を受け取ると、もう一度手を貸して横にならせた。

セイも総司もなんだかひどく疲れ切っていて、何かを話そうという気がしなかったが、反対に黙っているのもなんだか落ち着かない。

「沖田先生」
「なんです?」
「錆蔵さん、どうしました?」

一呼吸置いてから総司はセイの額に手拭を乗せてその視界を遮った。

「死にましたよ」

そうですか、と小さくセイのつぶやきが、手拭を直している総司の手にかかった。それがひどく当り前で、責められているわけでもなんでもなく、今日の夕餉は魚でしたね、とでも言ったかのように聞こえた。

「驚いてました」
「は?」
「錆蔵さん。私や、沖田先生が、新選組の隊士だって知らなかったみたいです」

セイの目には、遠くで驚きに目を見張った錆蔵と一瞬だけ目が合っていた。その時、錆蔵だと思ったのと同時に、驚きと、後悔に揺れていたのを見逃してはいない。

ああ、と総司も同じように呟いた。時折訪れる、こんなどうしようもないことが、自分が鬼だと思い出させるようだ。

「黒饅頭……もう食べられませんね」

少しばかりセイが残念そうに呟く。何を言うのだと総司が口を開きかけたところに、セイがぽつりと言った。

「沖田先生がお好きだったから」

目を伏せた総司はセイの枕辺に座って、熱が上がり始めただろうセイを団扇でゆっくりと仰いでやった。

「出会わなければよかったと思いますか?」

出会わなければ、こんな思いもしなくて済んだ。
武士ならばそれさえも乗り越えて当然ではあったが、総司はあえてセイにそう問いかけた。

総司の目の前で、熱の上がり始めた赤い頬のセイが手拭を自分の手で押し上げた。l

「そんなこと思うわけないです。誰でも、巡り合ったことには理由があるんです。神仏がくださった理由が必ずあるから、そんなことは思ったりしちゃいけないんです」

多少でも知り合った人々が傷ついたり、敵になることを嫌がっていたセイの答えに総司は黙り込んだ。

「いつの間に……」
「私だっていつまでも子供じゃありません!武士の仕事は厳しさが伴いますから。それでも、私は厳しさも辛さも先生のお傍でついていくって決めてますから!」

どこか怒ったような顔で強がったことをいうセイに、総司がふっと笑った。

「私も神谷さんに出会えてよかったと思ってますよ?」
「な、なんですか!急に」
「いえいえ。こういうのを親の気持ちっていうんですかねぇ。あの神谷さんがこんな大人なことを言うようになるなんてねぇ」
「沖田先生?!私だって成長するんです!!」

むっとして言い返したセイに、軽口をたたいた総司はその裏に隠れた想いを飲み込んだ。
ずりおちてしまいそうだった手拭を取り上げると、もう一度、手拭を浸してからセイの額に乗せた。先ほどよりは柔らかく絞ったので、冷っとしたのだろう。セイが冷たさに大人しくなった。

「今夜は傍についていますから、ゆっくりお休みなさい」
「……すみません」
「どうせ明日目が覚めたら副長のお小言ですからね。少しでも体力をつけておいてくださいな」

げ、と呟いたセイは素直に目を閉じたようだ。しばらくすると、今度は規則正しい寝息が聞こえ始める。何度か、心配で部屋の前まで入れ替わり立ち代り、様子見に来る気配があったが総司は障子を開けなかった。

どうせ朝になれば嫌でも皆も顔を合わせる。それからでも十分だ。

総司は、セイを打った時の感触を思い出して自分の掌を眺めた。

あの手ごたえ。
もう二度と、感じたくないと思ってしまった。

こんなことでは、いつか心弱くなってしまうと思ったが、それでももう二度と。
もう二度とセイに刀を向けたくなかった。まるで、あれが自分自身であったかのように打ちのめされた総司は眠るセイに静かに語りかけた。

「次は、貴女を打たなくても守れる位、強くなりますから」

だから。

もう二度と。

 

– 終わり –